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認知症介護 今野さん編⑥認知症の祖母の「引っ越し癖」に苦慮

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祖母が認知症になってから亡くなるまで、絶えずこだわっていたのは『引っ越し』です。
祖母と私たち家族は同居をしていませんでしたが、彼女が66歳の時、家を建て替え、同居を始めました。
祖母が住んでいた土地では建てられず(借地に家を建てていたため)、そこから800m離れた場所に新たに土地を購入して家を建てましたが…。
認知症の症状が出始めると、以前祖母が住んでいた家に引っ越そうと荷物をまとめて持ち出そうとすることが多くなりました(祖母の家は既に解体をしてありませんでした)。

前の家では編み物教室をしていたので、「生徒が待っているから早く引っ越しをしないと」と言ったり、とにかく前の家の記憶が強く、戻ろうとしていました。
私が、部屋で休んでいると、
「何サボってんのよ。引っ越し屋が来るから早く用意しなさい」
と言い出し、まさかと思って見に行くと、台所の食器が全部ではありませんが、自分のお茶碗などが玄関に出されていました。
紙袋や、ビニール袋に着替えを入れ、布団も玄関まで運び、この引っ越そうとする行動は亡くなるまで何回もやっていました。

一番派手に荷造りしたのが、私が仕事で居ない間、私の部屋の荷物を全部玄関に出して、本当に運ぼうとしていた時です。
私が「何やっているの?」と言っても、
「何回言っても引っ越し準備しないからやってやったんだ。感謝されても、怒られる筋合いない」
と逆ギレされ、
「こんな憎たらしい女はいらん」
と言い残し、祖母は部屋に戻りました。
その数分後には部屋から出てきて

「あらー引っ越でもすんのかい」と言う始末です。
認知症だから仕方ないと言い聞かせながらも、心の中では、
『ふざけるな』と思っていました。
それと同時に、転んで足腰が痛くなっていてもこの引っ越し準備はやっていたので、いつか怪我をするのではないかとヒヤヒヤでした。


また違う日の昼間、これまた私の居ない間に、自分の荷物と私の荷物を以前住んでいた家まで運び始めてしまいました。
その時には幸い自治会の人に助けられて、引っ越しを止めてもらいました。
なぜ、自治会の人が止めてくれたのかというと私たちの自治会には「徘徊登録制度」があり、ここに登録をしていると声を掛けてくれて家まで送ってくれるのです。
ですので、この時には自治会の人に連れ戻してもらったのです。

自治会の人が
声をかけると、普通に
「これから引っ越しなんです。家族は、仕事が忙しくて私がちょこちょこ運ばないと」
と言っていたようです。
自治会の人に反抗しないか
ヒヤヒヤでしたが、他人には気丈に振る舞う祖母なので、連れ戻されても何も文句は言わず、家に戻っていったそうです。

しかし、家に戻れば自分が引っ越しの準備をしていた事も忘れ、散らかった家を見て、私のせいにされました。
「だらしない。これじゃお客さんも呼べやしない。直ぐ片付けな」
とこのお決まりのパターン。

さすがに祖父はこの状況に腹が立ったようで、
「お前の家はここだ。前の家は壊してないんだ」と言いましたが
「何で壊したの?私の荷物は?」
と騒いだ事もありました。
祖父が「引っ越ししてここに住んでるでしょ。荷物もあるでしょ」と言うと
「ここが家なの?できるまでじゃないの?」と
言う祖母。
祖母は以前住んでいた家を壊して、その場所に新築をしていると思っていましたが、更地の土地に連れて行って「家は作っていないでしょ」と10回以上は説明したと思います。

同居は楽しみにしていた祖母だったのですが、前の家の思い入れが強かったんだと切なくなりました。
年を取ると環境の変化になじめなくなると良く耳にしますが、もしかしたら新築をして同居をしたことが認知症を悪化させているのかなと思ったこともありました。
しかし、祖母が以前住んでいた家は既に壊して無いですし、もうどうにもならない問題でした。

[参考記事]
[認知症介護体験 今野さん編①]徘徊で横浜から伊東へ
[認知症介護 今野さん編②]イカと大根を間違えて大変なことに
[認知症介護 今野さん編③]徘徊先で転んで腰の骨にヒビ

[認知症介護 今野さん編④]仏壇の写真を見て激怒し、警察を呼ぶ
「認知症介護 今野さん編⑤知らぬ間に100万円の着物の帯の買い物」

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