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認知症高齢者下宿は今までの老人施設とは違う新しいスタイル

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 私が勤めているのは政令指定都市西部に佇む、一見大き目の一般住宅に見える木造2階建て認知症高齢者下宿です。そこではどのような日常が繰り広げられているのでしょうか・・

住んでいる人びと

 この認知症高齢者下宿は定員10名分(12名住んでいた頃もあります。)のスペースが確保されており、現在は8名の方が共同で暮らしておられます。介護保険法に基づく介護認定の段階は要支援1と2、要介護1~5までの7段階がありますが、この下宿には要介護1が1名、要介護4が2名、要介護5の方が5名います。

 認知症で要介護5と聞くと皆様は酷く重い状態をイメージするのではないでしょうか。ここに住む下宿人達はそんなイメージを払拭してくれるはずです。誰一人として寝たきりの方はいません。

 ご家族や身寄りのある方でも、その方の人生には色々な事情や背景があります。共通して言えるのは、「認知症の症状が強く出て、家族だけの介護だけでは限界がきたこと」で下宿人となった背景があります。

ここは我が家

 認知症高齢者下宿の1階は1日中、日当たりが良い場所で、そこにはキッチンを備えるリビングスペースがあります。リビングスペースは、大きな食卓テーブルが4台配置されており、スタッフが背を向けることなく皆様の顔を拝見しながら対話が出来るという計らいです。壁際には収納を兼ねた、作り付けのベンチがあります。

 日当たりが良くない場所には、一般住宅と変わらない職員用トイレと、車椅子とヘルパーが一緒でもゆとりある下宿人用トイレ、1.5坪のユニットバスがあります。ユニットバス内には座ったまシャワーを浴びながら温まる事が出来る設備や車椅子に変わるシャワーチェアが準備されています。そして、浴室に隣接し、一般の洗濯機が2台と洗面化粧台1台があります。

 2階への移動は、3人乗りホームエレベーターと蹴上が低い「手摺付き幅広階段」があり、どちらも利用出来るようになっております。階段途中には踊り場があり、そこにある木製扉の向こうにはウッドデッキテラスが続いております。2階は主として皆様の寝室です。間仕切りされた部屋が4か所、間仕切り無しの5人部屋が1か所あります。他1階と同仕様の下宿人向けトイレが2か所と洗面台が2台あります。

 5人部屋?と思わたかもしれませんが、これはある下宿人の方がつぶやいた「一人で眠るのが寂しい。」という思いに寄り添ったものです。実際に一人部屋の頃は眠る時間が浅く徘徊していた方でしたが、5人部屋になるとその行動が落ち着き睡眠を確保できるようになりました。同じ部屋の気配や寝息がきっと心を落ち着けてくれたのでしょう。下宿人同士は、本当のご家族よりも長く一緒に過ごされる大家族となるかもしれません。

認知症高齢者下宿の一日

 下宿人の朝は午前7時辺りから始まります。1名の泊りスタッフが起床介助をスタートさせると、30分後には早朝出勤スタッフ1名もやってきます。その30分後には朝食の配膳係とスタッフも増えていきます。

 起床介助と言っても、手取り足取り行うわけではありません。ご自分で出来る事はしっかりと行ってもらいます。例えば、起き上がる事は無理でもパジャマのボタンは外す事が出来る、体の向きは変えられる、袖や裾の抜き通しは出来る、歯磨きが無理でもうがいは出来る、洗顔出来なくても顔拭きは出来る・・・と列挙すると限りがありません。

 下宿ではお一人にかける身体介助サービス提供時間を30分としております。確かにヘルパーが率先して身体介助を進めていけば、30分という時間で何名か機械的介助で完璧な朝の身支度を整える事が出来ると考えられます。しかし、下宿人達は生活しているのです。生きているのであって、生かされているのではありません。今日は、先ずトイレへ向かうかもしれませんし、すぐに洗面に向かうかもしれません。もしかすると着替えからのスタートかもしれません。そうです、人にはそれぞれ流れやタイミングがあるのです。それまでの生活を出来る限り継続し、出来る事を可能な限り出来るようにしていく事こそが私達介護スタッフ務めなのです。

 こうして朝の身支度を終えた下宿人が次々と2階から1階のリビングへと向かいます。下宿人達の仕事は山ほどあります。先ずはテーブル拭き。次には一人ずつ名前がついているランチョンマットの準備。こちらは必然的に文字がわかる下宿人の仕事となっていきます。お箸の入ったケースを回して自分のお箸を取ってもらいます。勿論、時にはご自分のお箸ではなく、違う下宿人のお箸を取ってしまう時もあります。そんな時は、明るく笑顔を添えて、「〇〇さん、私の記憶が定かではないのですが、こちらの色ではなかったですか?」なんて一言を添えながらスタッフがさりげなくお箸を交換します。明るい言葉かけやさりげないスタッフの行動ひとつでその方の自尊心を傷つけることなく清々しい時間が訪れるのです。時にはごはんやお味噌汁も盛ってもらいます。食事は下りてきた順に食べ始めます。起きる時間も違えば、食べるスピードも異なりますからバラツキが出て当然です。

 そんな生活の中で、自然と下宿人は「選択の自由」という能力を継続できております。例えば、認知症の方は一度に何種類もの選択肢があると口を噤んで(つぐんで)しまう事が多いのですが、二択にすると会話が弾みます。食事の際の飲み物であれば、温かい方がいいですか、それとも冷たい方がいいですか?や、番茶にしますか、それとも緑茶にしますか?みたいな感じです。選択が決定したら、スタッフはポットや急須を準備します。自分で飲み物を入れてもらうのです。こうする事で手順を忘れることはありません。また、注ぐという動作で筋力も保持出来ます。

 食後には後片付けがあります。お茶碗を重ねる、食後薬の服薬用のお水を準備する。服薬する。再度テーブル拭きが終わったら、次なるはリビングポールにかかった多量の洗濯物をたたみます。下宿人用バスタオルや顔拭きタオル、洋服にパジャマ・・沢山あります。ここでもご自身が出来る仕事を行ってもらいます。ハンガーからはずせる人、小さな物ならたためる人、大きな物をたためる人、と出来る事を下宿人に伺ってスタッフが割り振り、作業を導きます。乾いた洗濯物が終われば、次は洗濯したばかりの濡れた洗濯物を伸ばしたり、ハンガーにかけてもらいます。ポールへ干す作業は危険ですので、スタッフが行います。

 そうこうしているうちに日勤のスタッフが出勤、デイサービスへ出かける下宿人は準備をするとバタバタと時間が進んでいきます。このようにスタッフは率先というよりは、見守りながら出来ない部分を介助させて頂くというスタイルです。何よりスタッフは、下宿人から選択の自由と自己決定能力を奪ってはならないです。

もったいない世代の皆様の知恵

 下宿人たちは物がない時代の生まれですので、色々な知恵があります。古くなったシーツや包布を慣れた手つきで割いてあっという間にエコ紐が出来上がります。この時も、割く人、それを段ボールで作った台紙に巻き付ける人、段ボールを切る為の線引きをする人と、一つの作業を通してそこにまた役割が生まれます。そこには感心するスタッフに鼻高々の下宿人達の顔があります。

 使い古したタオルや着古した洋服は器用にハサミを使い同一の大きさに切り揃えられ雑巾へと変わっていきます。「昔取った杵柄(昔に覚えた技術)」だから逆に覚えているのです。最近のことは忘れても、昔のことを覚えている下宿人たち。

 刃物だって使います。カレーライスやシチューがお昼のメニューに登場となれば、じゃがいもやニンジンの皮むきはお任せです。包丁派、ピューラー派と得意な方を選び、あっという間に終わり、我が家の食事が出来上がっていきます。特に全員一丸となって瞬く間に終えてしまうフキの皮むきは目を見張るものがあります。

 このように私達は何かをしてあげる為ではなく、お邪魔させて頂きながら色々な事を教えて頂いている立場でもあるのです。

外出で季節を感じる

 外出といってもそんな大袈裟な事ではありません。デイサービスでもいいですし、玄関の所で少し風に当たるだけでもいいのです。季節がいつなのか、寒さや温かさ、香りや視覚で沢山感じてもらうのです。出かけるという行為は、季節に合った身支度を整え、「いってらっしゃい。」、「いってきます。」とお互いに挨拶を交わし、車に乗って行くという社交的イベントになるのです。

 春にはお弁当持参のお花見、初夏のウッドデッキテラスでの焼肉大会と花火、真夏には夜のジンギスカンパーティー付き法人主催夏祭り、初秋の中心街ビヤガーデンへのお出かけ、真冬の年末にはホテルでのパーティーと年中行事が目白押しです。特にクリスマスと忘年会を兼ねたホテルでのパーティーには、下宿人達はお化粧を施し、ドレスアップして参加します。ご家族にも正装をお願いし、ゴージャスなひと時を過ごして頂きます。

認知症高齢者下宿でかかる金額

[下 宿 料]1か月120,000円(水道・光熱費込)
[お小遣い]1か月20,000円程度
[介護費用 ]1か月 約36,000円(介護5で算定。介護度や年金等の収入により異なります。)
[医 療 費]1か月 約20,000円(受診されている状況により異なります。)
だいだい20万円位です。
契約料や冬期間の割り増し料金は一切ありません。入居した日から下宿料が発生するので、月の途中であれば日割りとなります。ご夫婦や生活保護の方のご入居に関しましても相談にのっております。

スタッフの立ち位置

 ユニークな経営体系をとっております。私達スタッフは全員介護福祉士で、この下宿から徒歩10分程離れた場所にある訪問介護事業所の訪問介護員です。ですから、下宿で介護保険サービスを提供している時間は訪問介護員として外部訪問サービスに来ているという状況です。介護保険サービスが終了した時点で、下宿スタッフとなり、下宿の家族となるのです。

下宿スタイル

 「人として敬う」は経営者がよく言っている言葉です。下宿人を決して愛称等で呼んではいけない、敬いなさいと。そうする事で、スタッフの言葉遣いも丁寧語となり、自然と目線は同じ位置で話す体勢になります。また、スタッフ同士も馴れ合う事はありません。
 スタッフは下宿人を苗字お呼びします。万一、苗字が被ってしまう際は、ご本人と呼び方の口頭契約を交わす事になっております。 いくら家族のようであっも年齢を重ねてきた人生における先輩です。
 もしかすると。愛称の方がより親密に接してもらっていると感じるご家族もおられるでしょう。でもご家族でさえお父さん、お母さんとお呼びなのに、私達のような若輩者から、「〇〇子さん」や「〇〇ちゃん」なんて呼ばれていると違和感ありませんか?大切な事は、ご本人を一人の人格者として認めてこそ家族だということなのです。

仕事は生きがい

 どんな小さな事でもできれば、役に立っているという充実感が持てるので、下宿人を生き生きとさせてくれます。そして、必ず、私達が「ありがとうございました。凄く助かりました。」と声をかける時、その下宿人の満足で嬉しそうな表情は、見ている私達スタッフに更なるパワーを与えて下さいます。お互いに相乗効果が得られるのです。

 「介護は先を見たイメージと創造力が必要とされる職業だ」と語る経営者は、下宿人の安全と安心が確保されてさえいれば、多くの事に言及する事はありません。こうした生活の中で、介護には正解はなく、「考える」そして「行う」また「考える」の繰り返しで限りがないが、凄く楽しいものだという事を気付かせてくれているのです。下宿人の仕事も私達の仕事も生きがいであり、やりがいであるという共通点が見えてくるのです。

スタッフとして思う事

 私達スタッフは皆様が認知症である事を忘れてしまう事がたびたびあります。それ程、皆様が普通に暮らしておられるのです。ある日、私と下宿人の会話を聞いていたもう一人の下宿人から、「あなた、そんな言い方はないわよ。」とアドバイスして頂いた事がありました。また、反対に悪いことは悪いとお伝えしたりする時もあります。「認知症だから言われても関係ない、言ったってわからない」などと考えるスタッフはここには一人としておりません。どれだけその方の心に寄り添っていけるのかを日夜考えながら、介護スタッフとして働いております。

 下宿人に限ったことではないのですが、明日が来る保証はどこにもありません。下宿人達にはそのリスクがより高いというは事です。それなら、わからなかったとしても、忘れてしまったとしても、「今日が良い一日だった」と一瞬でも思って頂ける事が私達の腕の見せ所なのではないのでしょうか。

 認知症の方の心は物凄くピュアです。心から「ありがとう!」と笑顔で伝えて下さった時、なぜだか涙が出そうになります。忘れることは素敵で幸せな事でもあると思います。毎日新しい一日が待っているのですから。

[参考記事]
「医師も気づかなかった認知症が事故をきっかけに判明した事例」

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