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幻覚で悪魔が見えるレビー小体型認知症の女性への対応

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私が今からお話しするSさん(89歳女性)はレビー小体型認知症と診断されています。
Sさんは認知症が進んでいる最中の一番酷い急性期に私の施設(認知症対応型のグループホーム)に入所されました。
身体面では腹部大動脈瘤を抱えている以外は問題が無く、洗髪、洗身はほぼ自分で行い、排泄は尿失禁はあるものの、便失禁はなく、自らトイレへ行き、私たちは本当に一部介助を行うのみでした。

しかし、認知症の症状では幻覚、幻聴、暴言、暴力、徘徊がありました。
よく警察のお世話にもなりました。
幻覚で
「悪魔」が見える方だったため、塩を施設内に撒きまくり、落ち着いた時に職員が掃除をする。
そんな日々でした。

盛り塩は毎日、自分の居室はもちろん、他の入居者の居室にまでしてしまいます。
このことが原因で他の入居者とのトラブルに発展したこともあります。

幻覚に対して行った対応

しかし、不思議なもので職員も慣れていきます。
塩を撒く際には、

「悪魔はあっちだー!あっちにいるぞー!」
と声を揃え、居室の窓の外に投げさせていました。
その行動を「止める」ということ、「否定する」ということはせずに、あたかもそこに「悪魔」がいると職員全員が演じ、Sさんに合わせていました。
そうしたことをすることで、Sさんは思い切り塩を投げることが出来ましたし、他の方の居室に塩を撒くこともなくなり、また、その度に施設内を掃除しなくて済むようになりました。

しかし、ずっと「悪魔」と闘い続けるのは、Sさんの年齢からしてもとても大変なことでした。
夜も「悪魔」が出ては急に起き出し、塩を撒き、挙句の果てには施設から脱走し、施設の近くにあるコンビニへ一人で行ったこともありました。
警察の方に施設へ送っていただくことも。

そんな日々が続き、遂に家族から薬で行動を抑えることをお願いされました。
家族が面会に来ても「悪魔」はいますし、それが毎日だと思ったら、いたたまれなくなったのだと思います。
面会の度に、
「本当にすみません。よろしくお願いします。」
そう言い、疲れきって帰っていく家族の背中はもう限界でした。
娘さんからすると、そのような行動を起こしている母親を見ているのは辛かったのだと思います。
よく「困っているのは周りの人たちで本人は何も困っていない」と言いますが、周りの都合で薬を飲ますのは個人的には好きではありません。
しかし、家族からお願いされると断るわけにはいきません。
入居から半年~1年が経つと、内服薬のお陰もあり、幻覚幻聴の症状が治まると、おっとりとした「可愛いおばあちゃん」になりました。

薬の是非

しかし、薬のせいで今までにあった活発さはなくなり、歩くことよりも座っていることや、うたた寝していることが増えたのです。
歩けていた距離が歩けなくなり、足腰が弱くなり、外出の際には徐々に車椅子を使用するようになりました。
長距離は歩けない為、短距離は歩いてもらおうと、施設の周りを散歩したり、ちょっとした買い物に出かけたりと外出の機会を増やしました。
元々施設で行う行事が多かったため、それらに耐えられるように日々、「出来ることは自分でやる」ということを心掛けてこちらも支援していました。
しかし、腹部に大動脈瘤という爆弾を抱えていたSさんに無理はさせられません。
毎日決められた時間に血圧測定をし、記録を行っていました。
認知症対応型のグループホームには看護師は必要ないことになっていますが、当時はパートの看護師が居たため、私たちはその看護師から腹部大動脈瘤がどういった病気で、破裂したらどうなるのかを詳しく教えていただいていました。

「破裂したら即死そう思っていていい。」

脅しではなく、真剣に話されました。
夜間、見回りに行ったら吐血又は下血してなくなっているかもしれない。
だからこそ、毎日の血圧測定の大切さ、日々の血圧がどのくらいなのかを職員全員が熟知していないと、変化が分からない。
そう教えこまれてきました。

大動脈瘤が悪化

8月の暑い日の夕方、Sさんの血圧が急にポンと上がりました。

「高すぎる」

Sさんは普段よりも気分高揚気味で、職員に一生懸命話かけていました。
それから10分後、もう1度血圧を測り直すと、急にポンと下がったのです。
Sさんに何処か痛いところはあるかと尋ねると、
「ちょっとお腹が痛いかな。」

職員全員、血の気が引きました。
しかし、当の本人は「お腹空いたねぇ」と笑顔で職員に話しかけ、普段自分が食事を摂っている席まで歩いていきます。
非常勤の看護師が帰った後だったため、同じ法人内にある訪問看護職員を呼び、Sさんを診ていただくことにしました。
しかし、Sさんは目の前で自ら食事を食べており、とても大動脈瘤が破裂したとは思えない行動を取っていたため、どの看護師も、
「少し様子を見ましょう。」と話していました。
食事を嘔吐してしまった後も、「あらら困ったよぉ」と自分で片付けようとするなど、自分のことは自分でしようとされていました。
次第に腹部の痛みの訴えが強くなり、訪問看護師も非常勤の看護師と連絡を取りつつ、主治医にも連絡を取りましたが、Sさんの状態があまりにも大動脈瘤が破裂したようには見えないため、全員が今後の対応に頭を悩ませました。
結局は主治医の指示で、
「一晩様子見しかし、現在よりも顔色等悪くなるようならすぐに救急車を呼ぶように」
とのことで、話がまとまりました。

大動脈瘤が原因でお亡くなりに

その日の夜勤は私でした。
本来であれば居室で休んで頂くのですが、この日ばかりはホールのソファベッドにSさんの布団を敷き、その場で休んで頂きました。
痛い、痛いと唸りながらも、
「目、赤いよ?大丈夫かい?」
と私のことを優しく気遣ってくれるSさん。
そんなSさんに、私は、「痛い」と言っている部分を摩ってあげることしか出来ませんでした。
「喉が乾いた」と笑顔で話したSさんに、私はSさんの好きなものを少しだけ提供したのですが、すぐに嘔吐してしまい、飲む事が出来ず…。
ガーゼを水で濡らし、口の中を湿らせてあげることしか出来ない。

そんなことを一晩続け、非常勤の看護師が出勤して来たと同時に、救急車で緊急搬送されていきました。
そしてその5時間後、腹部大動脈瘤破裂のため亡くなったのです。
破裂と言っても、ジワジワと破裂していたとのことでした。
医師からは、この状態で一晩もったのは奇跡だと言われました。

亡くなった日の朝まで、自分の足で歩き、トイレへ行き、病院へ行く際にはみんなに笑顔で「行ってきます」と話していたSさん。
娘さん、お孫さん、そして、ずっと大好きだった異動してしまった施設の男性職員に看取られて、Sさんは亡くなっていきました。
「私」に迷惑をかけまいと、不安にさせまいと最後の最期まで頑張って下さったSさん。
認知症の人は痛みも忘れられると聞いたことがあります。
だから、他の人よりも痛みを感じにくかったのかも知れません。

昔からSさんは我慢強く、人に迷惑をかけたくない人だったそうです。
昔から最期まで歩いていたいね、と話していたと娘さんからお聞きしました。
娘さんには、亡くなるまでの3年間はちょっと大人しくなってしまったけれど、「私のお母さん」らしく生きてくれました。
と、お礼を言われました。

Sさんの死を機に、「自分らしく生きること」の意味をより考えるようになりました。
皆さんも「その人らしさ」を考え、認知症と向き合ってみてください。

[参考記事]
「レビー小体型認知症ってどんな症状があるの?」

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