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食べたことをすぐに忘れる認知症高齢者に対する対応

 

 サワコさん(仮名:92歳)は、高齢ながら自立歩行で、何でも自分でしようとされる比較的元気なおばあちゃんです。若い頃から接客業を中心に仕事をされていたようです。人と接するのが大好きで、老人ホームにいるときは、何か手伝いをしたがり、ここが仕事場だと思っています。

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すぐに消える短期記憶

 サワコさんが老人ホームに来たのは5年前ですが、認知症がかなり進行していました。ご主人を亡くされて、面倒を見てくれるご家族も身寄りもなく、年金も殆ど無いため、生活保護の生活を続けている状態で入居されました。

 入所した当初から、ご自分の部屋が判らず、部屋に帰るのに何度も職員の手を借り、連れて行ってもらうことがありました。また、同じ話を何度も繰り返したり、今していたことを、すぐ忘れられることが多い方でした。

サワコさんの食事

 サワコさんに限らず、高齢者の楽しみの一つは食事です。信心深いサワコさんは、毎朝仏壇にお参りして、今日も三食食べられますように、穏やかに生活できますようにとお祈りされます。食べ方はご飯におかずを混ぜたり、みそ汁にご飯や煮物を入れたりして、混ぜて食べるのが好きです。特に好き嫌いは無いのですが、8~9割だけ食べ、残りは汁椀にまとめ、他の食器を重ねます。

 しかし、食後30分くらいすると、「私、ご飯食べさせてもらってない」「ずっと部屋にいて、私だけ呼んでもらえんかった」という訴えが始まるのです。時には「お腹すいた。朝から何も食べてない。」などと言われることもありました。

老人ホームを仕事場と勘違い

 サワコさんは、この老人ホームが職場だと思われているため、職員は同僚と思われています。「今日は〇〇さんは出勤かしら?」と、自分と同郷だと思っておられる職員の名前を呼びます。

 また暇になると「マネージャー、私次は何したらいいですか?」と声をかけられます。サワコさんはまかない付きの料亭で長く働いていたことがあり、「今日のご飯は食べさせてもられるやろうか」「今日はここに泊まられてもらえる?」などと聞かれることもよくありました。

周りの利用者との関係悪化

 はじめは、「お昼ご飯はもう済んだから、次の夕食まではあと2時間ですね。」とか、「みんな一緒に食べましたよ」と対応していると、納得はしなくともトボトボ自分の部屋に帰られていました。

 しかし、仲の良い他の利用者の方の部屋に行き、「食べさせてもらっていない」という話をするようになりました。この時に、他の利用者様から、「サワコさん食べたわよ」と言われると、「タケさんや、マツコさんは食べたっていうけど、私は食べてない」とか「ミエコさんは、私が食べたっていうけど、嘘つきだ。私は食べてない」と他の利用者との関係も悪くなるようになっていきました。

証拠写真に態度の変化が

 これは、何とかしないと利用者同士の関係がおかしくなって、面倒なことになると思い、ある職員が食事風景を写真におさめ、何とか本人に思い出してもらおうとしました。楽しく食事をしていただいているところを、後ろのカレンダーと時計を一緒に入れて撮影します。

 その日もまた、いつもと同じように、サワコさんは「私、ご飯いただいてない。」とミエコさんの部屋に行き、訴えが始まります。職員が「サワコさん、今日の食事の時の写真があるよ」とその時の写真を見せます。初めはこれは昔撮った写真でしょとか言われていましたが、よくよく見ると今日の日付け、いつもの時間、そして移っている自分の食事風景。

 直後、サワコさんはうなだれ、トボトボと歩きだしました。「私、ボケてしまったんかなあ。食べた記憶がないんやけど・・・」と落ち込んで涙ぐまれています。その場の騒ぎは収まったものの、サワコさんに違うショックを与えてしまい、職員も少し落ち込んでしまいました。

新たな対応へ

 その後も、サワコさんの訴えの日は続きます。病院受診の時、空腹感を増す副作用のある薬を減らしてもらったり、いろいろ対応しましたが、認知症で満腹中枢も麻痺がみられ、なかなか対応が難しくなります。医師からは心臓に負担がかからなければ、何を食べてもよいと言われていることから、自然に対応してみよう、ということになりました。

 食事の後、30分くらいすると、またいつものように「お腹すいた。私、ご飯いただいてないよ」と始まります。「サワコさん、じゃあこっち来て」と食堂のテーブルについてもらい、お茶と、お菓子をひとつ出します。

 すると、「ありがとう。ごめんね、優しいね」と言って椅子に腰かけ、おいしそうにお茶を召し上がり、お菓子を食べながら少しお話をされます。そう永い時間は居られずに、「私、帰らなきゃ」と言って自分の部屋に帰られます。お菓子は半分食べて、半分は持って帰られます。

本当の要因は・・・

 結局、サワコさんの「飯食べていない」のひとつの要因は高齢者特有の「寂しい気持ち」ではないだろうかという話になりました。人と触れていたい、優しくしてほしいという気持ちが「飯食べていない」という一つの表現方法になったのかなと感じます。子供でも悪戯をすると親に注目されるから、無意識に悪いことを行うことがあります。

 今では「お腹すいた」と言ったときにはお茶して話をするだけで、満足して帰られることも多くなっています。

[参考記事]
「同じ自慢話を何度も繰り返す認知症の女性とその対応」

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