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介護ケアが通用しない若年性認知症の利用者の事例。とうとう精神病院へ

 

 真夏の8月に介護老人保健施設に入所されたMさん(59歳男性)は、若年性認知症と診断され、特定疾病の対象として介護保険を利用するに至り、緊急で入所先を探していた方でした。

 それまでは家族と共に在宅で過ごしていましたが、急速に病状が悪化し、家族の手に負えない状態となり、外を徘徊していたところを警察に保護されてそのまま緊急的に施設に来所された流れでした。当時この施設は新設で、徐々に利用者様の受け入れを増やしている段階でした。

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ご飯に対しての執着と徘徊

 Mさんはご飯に対して異常なまでの執着を持っていました。意思疎通は困難で、「ご飯をくれ、ご飯をくれ」と何度も繰り返し訴えます。職員が都度対応するも10秒ともたず、ご飯を探して徘徊を始めてしまいます。デイルームの冷蔵庫にも物を置いておくことができません。

 しかも59歳という年齢で身体には問題がない状態ですから、移動速度も速く、体力も年相応に問題なくあり、他人から見ると「普通の方」にしか見えません。

 本当のご飯の時間になっても数分程度で食べてしまい、すぐに「ご飯をくれ」と訴えてきます。食後の食器を置いて対応しても、見向きもせずにまた徘徊を始めます。鍵を外そうと窓を触ったり、来客時に開く自動ドアから一緒に出ていこうとしたりと、目が全く離せない状態でした。

 他者への暴力行為や破壊行為がないのは幸いでした。日中も夜間も歩き回り、本当に身体が疲れ果ててしまってからでないと、Mさんは眠ることができないので、廊下で倒れるように眠ってしまうこともよくありました。

会議で意思統一を考えるも・・・

 意思統一といっても考えられることは身の安全をとにかく確保することだけでした。徘徊途中で交通事故に合わないように施設の鍵の開け閉めを徹底する。ケアを提案しようにも意思疎通が困難な上にすぐ徘徊を始めてしまうMさん。

 職員からは「こんな事例は見たことがない」という声があがりました。帰宅願望などの事例は時々ありましたが、このようなケースは珍しく、私も見たことがありませんでした。

 他利用者様にも影響が出てしまうため、看護師からはすぐに精神病院を探すほうがいいという意見がでていました。会議の結果、Mさんは今はとにかく身の安全を確保して、家族には認知症の治療に専念できる病院を急遽探してもらうことになりました。

 幸いにもこの施設では鍵などのロックは機械で制御しているため、ステーション内で全部操作できるようになっていた・・・はずでした。

Mさんがいなくなった

 それから数日後の朝にMさんが施設からいなくなりました。原因は職員によるロックの確認忘れでした。Mさんがいないことに気づいた職員はすぐに上司に報告。警察に連絡し、捜索をお願いしました。

 暑い真夏ですから、皆が最悪の事態を想像しました。近所を探しに行きたくても、業務があるためにそれもできません。警察から保護されたと連絡が入ったのはその日の夕方でした。警察が保護できた理由は、通行人からの通報からでした。施設から約30キロ離れた町で、車のドアを開けようとしている不審者がいると通報があり警察が駆け付けたところ、本人から話を聞こうにも意思疎通ができず、その特徴からMさんであると判明したそうです。

 Mさんはすぐに受診を受け、軽度の脱水症状が見られたものの命に別状はありませんでした。私たちは大きな安堵と共に、大きな反省を学びました。それから程なくして、Mさんを受け入れ可能な精神病院が見つかり、Mさんは施設を退所していきました。

 本当にケアらしいケアはほとんど提供できなかったと反省しきりでしたが、この事例にはさらに続きがありました。

Mさんの再入所

 Mさんが退所してから約1年が経過し、施設内も順調に満床近くとなっていました。新しい利用者様が入所予定ということで、会議が行なわれました。名前を見ると、Mさん(60歳)でした。皆驚きました。

 Mさんが入所しても以前と同じような状態ではとてもケアなどできそうにもありません。生活相談員が実際に面談に行って確認したところ、Mさんの状態が以前よりも落ち着いたので、退院を催促されていたそうです。

 家族との在宅生活もできないということで、家からも近く、以前利用していたことのあるこの場所を家族が希望したとのことでした。

1年ぶりのMさん

 Mさんが到着した際、車いすに乗ってこられました。顔は痩せ、目はうつろ、会話の受け答えもできず。爪がはがれ、踵と背中には褥瘡(床ずれ)ができていました。歩行はなんとかすり足状態で可能でしたが、移動速度も以前の10分の1程度にまで落ち、紙オムツを使用していました。

 小さな声で「ご飯をくれ」とつぶやき続けていました。複雑な心境でした。1年前の状態のままだとこの施設ではケアはできず、かといって精神病院では身体を拘束する以外には方法はなかったそうです。

 まずは褥瘡など身体のケアが行われ、その後は少しずつ身体のリハビリ提供がおこなわれました。本人の行動、言動には特に変化はみられず、窓をカリカリと触りながら徘徊を続けていましたが、つまづきや平行感覚消失による転倒リスクが大きくなり、何度も転倒事故が起きました。

 入所してから3か月後、特別養護老人ホームへの入所が決まり、Mさんは退所していきました。その後容体が悪化し、亡くなられたそうです。

おわりに

「その時にできそうなことしかできなかった」

 そう言い切っても仕方がない事例でした。若年性認知症という診断が出ていても、Mさんの特徴を知っても、職員として何も思いつくことができず、最優先で身の安全の確保だけしか考えることができませんでした。

 しかし思い返してみると、Mさんの行動に問題はたくさんあったものの、最後まで暴力行為や破壊行為など、感情的な行動は全く見られませんでした。元々Mさんは穏やかな方で、家族想いの方だったそうです。家族もMさんと共に生活していきたい気持ちはあったものの、あまりの変わりぶりに、一緒に生活するのは非常に辛いという苦渋の選択をしたそうです。

[参考記事]
「認知症による暴力が防げず、精神科へ入院(実例)」

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