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要介護度が一時帰宅をきっかけに2段階下がった認知症の女性

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私が老人保健施設で働いていた時に出会った利用者Gさんのお話です。
Gさんは当時93歳の女性の方で、退院当時の介護度は5。
ある年の7月、病院に入院されていたGさんが近日退院されるとの事で、老人保健施設のご利用が決まりました。

病院からの情報では、ADL(日常生活動作)は、移動が車いすを使用しての全介助。
排泄はオムツを使用しての全介助。
食事は自身で召し上がれるものの、時間が長くなると食が進まなくなり、声掛けや介助で召し上がっていたとのことでした。


入院するまでは独居で、草取りや畑を耕して過ごされていました。
炊事は自身で行い、おかずは近くに住んでいる長女に援助してもらいながら生活をしていました。

冬場になり外へ出る機会が減り、生活不活発により仙骨部に床ずれが発生。
その頃より認知機能の低下が認められ、翌年の4月、心臓発作をおこし緊急搬送。
3か月の入院となりました。
入院中にベッドからの転落があり、それ以降センサーマットや体幹ベルトを使用されていたため、老人保健施設の入所時には全身的な筋力低下に加え、背中にも床ずれがありました。

入所時から帰宅欲求が強くみられ、「家に帰る!!」と車いすからの立ち上がりが頻繁にみられていました。
歩こうとしても下肢筋力低下の為ふらつきが強く、常に職員がマンツーマンで支持介助が必要な状態でした。
出口を求めてほかの利用者様の居室に入ってしまい、入った先の利用者さんとトラブルになったこともありました。

夜間もほぼ眠ることなく施設内を徘徊し続けていました。
夜遅くなるとさすがに疲れてくるのか、ふらつきがちだった歩行状態はさらに悪化し、四つん這いで徘徊を続け、朝方になると2時間程度眠ります。
失禁があり、トイレに行っても失敗が多くみられていましたが、起きている間は交換をさせてもらえなかったので、眠ったタイミングを見計らってパットの交換と清拭を行います。
目が覚めると自分の荷物を風呂敷にまとめ、家に帰ろうと再度徘徊を続けます。
そんな状態が続いていました。

Gさんに対する情報収集

ほぼ1日中マンツーマン対応であったため職員の負担が大きく、何よりGさんの精神衛生にも良くないと考え、異業種合同で対策会議を開きました。
周辺症状の背景を探るため、まずは相談員と協力し、Gさんのご家族や近隣の方にお話を伺うことにしました。

話を聞いて分かったことは
〇まず、Gさんは昔から責任感が強く、面倒見の良い、しっかりとした性格だったこと。

〇旦那さんが亡くなり、独居になってから自分が家を守らなければいけないという責任感を強く持っていたこと。

〇人混みがあまり好きでないこと。
お祭り等も人混みが疲れるからと昔から好んで出向かない人だったとのことでした。

〇自宅ではコタツと畳の上に敷いた布団で過ごされることが多かったこと。

情報収集を元に対応を実践

これらの情報より、まずはGさんの「居場所」作りに取り組みました。
長女さんの協力を仰ぎ、これまでの多床室から個室へ変更。
そして、寝具をベッドから畳と布団に変更し、小さなちゃぶ台を配置しました。
あとはプライベート環境を確保するため、職員の対応も統一することにしました。
そもそもマンツーマン対応していたのは転倒・落のリスクが高かったためなので、居室内におけるGさんの導線に捕まったり途中で座って休めるように椅子や家具を配置しました。
もちろんマンツーマン対応していたころよりは事故のリスクは上がるため、その点長女さんに了承いただいたうえで実行しました。

環境整備の成果は意外と早く現れました。
個室に移ってから2~3日で施設内を徘徊することはなくなり、睡眠時間も6~8時間程度確保できるようになりました。
排泄に関しては「ごめんね、汚しちゃった」と自分から職員に知らせてもらえるようになり、パットの交換も練習を重ねて自身でできるようになりました。

一時帰宅がきっかけで気づいたこと

帰宅欲求も聞かれることは減っていましたが、時々ぽつりと「家はどうなってるかな」とこぼすことがありました。
そこで、長女さんとお話をし、職員付き添いで日帰りの一時帰宅を行いました。

家に帰ったGさんは職員に家の中を案内してくださいました。
とびきりの笑顔でした。
家族と写した写真を眺めたり、畑を回ってみたり、節々で私に思い出話を聞かせてくれました。

ひとしきり家の中を回ったあとは、荷物を風呂敷にまとめ始めました。
この時、私は正直ギクッとしました。
入所当時の徘徊のイメージがあったからです。
家に帰ったことによって再度不穏状態に陥るのではと勘繰りましたが、Gさんは旦那さんの遺影と衣類を少し包んで「帰りましようか」と私に話しました。

Gさんは帰りの車の中で「今日はありがとう。嬉しかった。」と私に話します。
私はその時心底恥ずかしくなりました。
居室を個室に変更したのも、導線に椅子や家具を配置したのも、認知症により生ずる周辺症状を緩和するためのテキスト通りの対応でした。
はっきり言って、「認知症だから、これで自分の家だと騙せるんじゃないか」と思っていました。
Gさんは自分が置かれている状況をなんとなく分かっていて、帰宅欲求はどうにもならないフラストレーションが表面化した結果だと思います。
それに対して自分の考えはなんて失礼な考え方をしていたんだろう。
認知症ケアにおける「共感」の意味と重要性を強く感じました。

一時帰宅してから介護度が下がる

一時帰宅から戻ってからは帰宅欲求は全く聞かれなくなりました。
周りの利用者さんたちとの関係も良好で、リハビリにも積極的に参加されるようになり、退院当初5だった介護度が、2まで下がりました。
その頃にはパットも使用することはなくなり、軽失禁用の布パンツを使用して、自身でトイレに行くようになりました。

半年ほど施設生活を続けADLは向上したものの、独居生活に戻るには現実的に難しいということで、特別養護老人ホームへの入所が決まりました。
退所の日、「親切な人たちに囲まれて私は幸せでした。」と泣きながら話すGさん。
私たち職員も泣きました。
Gさんに関わらせてもらったことで、私自身気づかずに抱いていた認知症への偏見、気持ちに寄り添う共感の大切さを学ぶことができました。

[参考記事]
「認知症による見当識障害や徘徊がユマニチュードにより改善」

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