Bさん(男性、80代)は、月に数回ショートステイをご利用されるお客様で、介護度2で、軽度の認知症です。普段は穏やかで、職員の声掛けに笑顔で答えてくれる優しい方ですが、なんらかのスイッチが入ると一変し、鬼のような形相になり、激しい口調で職員や他のお客様に怒鳴りつけます。
「シルバーカーを使用してください」と声掛けをすると
Bさんの歩行は杖で歩けるレベルですが、転倒する時は決まって前方に転倒します。ですので、いつも顔面傷だらけで、前歯を折り、さらには手を骨折していることもあるため、ショートステイの際にはシルバーカーを使用してのご利用をお願いしていますが、いつも杖で園内を歩行されます。
「危ないのでシルバーカーを使ってください」と職員が声掛けすると、「なにを言ってるんだ!!なくてもいいんだからかまうなよ!!うるさいわ!」と職員を怒鳴りつけます。職員はシルバーカーを使用して頂きたいため、何度も何度も場所を変え、人を変え、声掛けを行います。しかし、職員に女性が多いせいか、とても強気で怒鳴ってくるのです。片手には杖を持っているので振り回したらと考えると、声掛けにも危険を伴うのが現状でした。
鳴りやまないナースコール
夜間の転倒を予防するため、部屋にはセンサーマットを引いて対応しています。しかし、センサーマットと分からないBさんは、センサーマットを踏んだまま、部屋の荷物を整理したり、身支度をしたりします。当然、その間ナースコールは鳴りっぱなしです。
職員が訪室すると「何をしに来たんだ!!早く出ていけ!!ピロピロ(ナースコール音)うるさいし休まれんだろうが!!うるさいから早くどこかいけ!」と怒鳴ります。ナースコールが鳴ったため心配して訪室したこと、センサーマットを踏んでいるので鳴り続けている事を説明しても「さっさとこんなの外せ!迷惑だ!早くしろ!」と怒鳴るのです。
ですが、そんな時でも話しを変えて「お部屋の電気が分からないかと思って、教えにきましたよ」などと言うと「そうか。実は電気が分からなかったんだ」と普段の穏やかなBさんに戻るのです。
強い帰宅願望
Bさんは帰宅願望がでると、シルバーカーに荷物をまとめ、園内を徘徊し始めます。そして、エレベーターの前で立ち尽くし、通りかかる職員全員に「用事があるから、帰るんだがドア(エレベーター)が開かない。開けてくれないか」と穏やかにお願いします。しかし、退園日ではないため、開けることができない事を伝えると態度が一変し、「用事があるから帰るんだ!早くドアをあけろ!!!」と怒鳴ります。
最初は訴えがあるだけでしたが、ご利用回数を重ねた今は、エレベーターのボタンを何度も何度も押し、エレベーターが来るのを待つようになりました。他のお客様を送迎する際、一緒にエレベーターに乗り込もうとするので体を張って防止しますが、職員はいつ殴られるか不安を持っています。
職員の対応にも限界が
このように毎日のように怒鳴られる職員たち。どうにかシルバーカーを使用してほしいと考えていましたが、職員の対応にも限界がありました。
女性の職員たちからは「シルバーカー使用の声掛けは、もう限界ではないか。いつ、暴力を振るわれてもおかしくないし、みんな不安がっている。ましては本人に相当のストレスがかかっているのではないか。」と話しがありました。そこで、ご家族様に説明し、声掛けは継続しますが、シルバーカーの使用を強いることを止めました。
大きな変化
シルバーカーを必ず使わせなければという事から解放された職員たちは、自然と声掛けがソフトになり、「(シルバーカーのジェスチャーで)大切なもの忘れてますよ」「(シルバーカーのジェスチャーで)お願い!持って歩いてください。」と柔らかい表現に変わりました。
そうすると最初は怒鳴っていたBさんも「いらんよー」と嫌な顔をしながらも、そっとシルバーカーを持ってきてくれることが増えました。また、他のお客様に話しかけたり、人とのコミュニケーションが増え、笑顔が見られるようになりました。
このような態度の変化から考えると、職員から「危ないのでシルバーカーを使ってください」と執拗に言われ続けていたことが相当なストレスだったことが分かります。
最後に
以上のようにBさんにうれしい変化がありましたが、帰宅願望が出た際に気性が荒くなる点は解決出来ていません。しかし、今回の出来事で一番の問題は職員の対応に問題があったのだと気づかされました。職員は声掛けの際、怒っていたわけでも、怒鳴ったわけでもありません。
しかし、「してもらわねば」という義務感から、知らないうちに「声掛け」から「注意」になっていたのです。きっとBさんはそれを「怒られている」と感じていたのだと思います。
自分ではシルバーカーは必要ないと思っていますから、怒られていると感じていれば怒りが出るのは仕方ありません。認知症の方の一番印象に残るのは、言葉ではなく、感情なのです。