A氏は認知症と診断名がついている女性です。認知症の症状としては周辺症状と比べて中核症状が強くみられている傾向にあり、特に短期記憶障害(最近のことを忘れやすい)、見当識障害(場所や時間、日付が分からない)が主とする症状でした。
自宅独居で生活されており、近隣の息子さん夫婦の協力を得ながら訪問介護サービスを利用されていました。
以前まで、自宅近くの買い物(歩行車を使用)や洗濯物干しや掃除機かけなどの家事動作、畑作業を行っており、比較的活動量は高い方でした。しかし、あまり自覚はされておりませんでしたが、認知症の進行に伴い、活動量が減少し、足腰の筋力も低下してきており、週3回のデイサービスでの運動を通して身体機能の改善を目指すため、利用されることになりました。
環境の変化による不穏症状
デイサービスを利用開始した当初、認知症の周辺症状でもある不安や帰宅願望がみられました。デイサービスの利用回数を重ねるごとにA氏と事業所スタッフとの信頼関係は築かれてきましたが、ふとした拍子に「家に帰って仕事をしないといけない」と口に出され、帰宅することに固執する状況(帰宅願望)でした。
若干の筋力低下はみられるものの、同年代の傷病者と比較しても身体機能は保たれている状況であったため、気が付くと自身で荷物をまとめてソワソワしていることが多くみられていました。そのため、他利用者へのアプローチを行いつつ、A氏の動向に注意を向けている状況でした。
不穏症状への対応(失敗体験)
デイサービスに来所されてから午前中は運動を集中的に行うことができ、他利用者に積極的に声をかけてお話しする状況でした。午後の時間(特に昼食後)の時間になると「こんなに休んでいてはいけない、帰って仕事をしないと」と帰宅準備を始める行動がほとんど毎回みられていました。その度に「今日は家の仕事をしなくても大丈夫ですよ」、「まだ帰る時間ではないですよ」という旨を繰り返し伝える対応を行っていました。
1ヶ月ほどそのようなやり取りを行っていた結果、徐々にA氏の表情が固くなってきており、デイサービス利用日の朝の迎え時に「今日は仕事があるから休みます」といった、仕事へ固執するような状態となっていました。
不穏症状への対応(成功体験)
失敗体験を踏まえ、スタッフ間でA氏の対応方法を再度検討することにしました。日頃の声掛けを行っていく中で、反応の良かった話題や声掛けの仕方の情報共有を図っていきました。
これにより、A氏が若い頃からどのような仕事をしていたのか、どのような生活をしてきたのかといった話の際に笑顔が多くみられていることに気づき、精神的にも落ち着かれるということが分かってきました。
そこで、午後になって帰宅願望が出てきた際に「どのような仕事を行う予定なのか、どのくらい仕事を続けているのか」をお聞きしていくと、徐々に落ち着かれ、「前に比べて仕事ができなくなってきた」と自ら自身の状態の変化にも気づくことができるようになってきました。
それにより帰宅願望が出現する頻度も少なくなり、デイサービスの利用についてもお迎えの際に準備して待っているなどの変化がみられるようになってきました。
認知症症状ではなく、利用者を観ながら対応しよう
認知症の症状は、利用者によって大きく異なります。症状自体を抑えることに注力するのではなく、利用者が何を求めているのか、その背景にはどのようなことがあるのかに関心を持ち、声掛けを含めた対応の仕方を変えていくことが結果的には認知症の症状を落ち着かせることになります。
[参考記事]
「認知症による帰宅願望が仏壇のお陰で収まった事例」