Aさんは、会社を経営されている社長の奥様として何不自由なく生活してこられました。子供は一男一女をもうけられ、良妻賢母として家事、育児をこなしてこられました。お金はありましたが、贅沢されることはなくむしろ倹約家で、廃品を拾ってリサイクルされたりしていたようです(環境に対する意識が高いと家族からは聞いています)。
ご主人が他界されてからは、息子夫婦と同居されていました。年と共に、失禁が多くなり、認知症による不自然な行動をとられることが多く、自宅での介護は難しいとケアハウスに入居されることになりました。
ヘルパーが閉口してしまうAさんの問題行動
●失禁と水まき
ケアハウスに入居されているAさんの個室をヘルパーが毎日掃除に入っていましたが、部屋に入ると、尿臭が酷い状態です。膀胱に尿をためる機能が弱くなっておられ、ずっと尿がじわじわ出ている状態でしたが、使い捨てのリハビリパンツを履くのを嫌がり、パンツで過ごしていました。そのため、隙間から尿が漏れて、衣服や床が汚れてしまうので、匂いが絶えず残っています。
説得をすればリハビリパンツを履いてくれるのですが、ヘルパーがいなくなればすぐに脱ぎ、洗濯機で洗濯してしまうので、Aさんの部屋の洗濯機はすぐにパンツの素材が詰まって故障してしまいます。
さらには失禁すると、羞恥心もあり始末しようとされるのか、風呂場のシャワーで部屋に水をまき、部屋中水浸しです。あまりにもひどい状態で、掃除が大変でしたので、防水用のパンツに布製のオムツを縫い付けたものを何枚か作り、履いていただきましたが、ミシンで縫い付けたにも関わらず、きれいに布製のオムツを外してしまいます。毎日、Aさんとヘルパーのいたちごっこのような状態でした。
●口がうまく繰り返される盗癖
尿失禁に対する対応も大変でしたが、Aさんの問題行動として一番大変だったのは「盗癖」でした。とにかくチャンスをみつけては、ありとあらゆるものを盗まれます。鍵をかけていない部屋がたくさんあり、Aさんは、食堂から部屋に戻る途中で、各部屋に入ってはリハビリパンツやおやつ、小物などありとあらゆるものを盗んでいかれます。
途中でスタッフに不自然なものを持っているのを見つかり声をかけられると、「向こうにいる職員にもらったものだよ。聞いてきてごらん。」と言います。そこで、職員が調べに行ってから、再び「あの職員は渡していないと言っていましたよ」と話すと「違う人だったかね」ととぼけられます。
ケアハウスの職員、ヘルパーと協力し合い、Aさんには食事が終わった後、職員が付き添い部屋に戻っていただくようにしました。この時も、「一人でゆっくり歩いて帰るから大丈夫だよ」などと言って、盗むチャンスを作ろうとされます。
週3回のデイサービスでも大きなカバンを持参されいろいろなものを盗んで来られるので、大きなカバンを取り上げ、必要なもの(失禁時や入浴後の着替えなど)をデイサービスの職員に直接渡すようにしました。
すると、本人も負けてはいません。布団のシーツを縫い合わせお手製のカバンを持っていこうとします。盗癖に対する執念でしょうか?とても見難いものを見せられた気分になりました。
これも認知症状なのですが、あまりにも行動が巧みなので、認知症状ではなくこの方の元々の性格、癖なのだと思っていました。「なんて性格のひねくれた人なのだろう」とバレバレの嘘をつかれるたびにヘルパーの心は冷えていました。
認知症状か、本人の性格か
行動がちぐはぐなのに、言葉は巧みな利用者を目の前にすると、ついこれがこの人の隠れた本性なのでは?と感じてしまいます。このAさんのケースも彼女の生い立ちを知るまでは、「もともと盗癖のあった人に違いない。」と信じていました。でも実際は、彼女は社長夫人で経済的にも物質的にもなんら不自由することのない生活を送ってこられた人でした。
ケアハウスに入居されている現在も、必要なものがあればご家族がすぐに購入して届けて下さる状況です。近くで接していると、その人の言い逃れの上手さが目につき、客観視する目を失くしてしまいがちです。少し冷静に見ると、Aさんには、盗癖する必要も理由も何もないことが分かります。また、過去にも「盗みを働く」こととは無縁で生活してこられています。
しかし、Aさんには自身の恵まれた状況は分からず、常に貧困を感じながら物を盗んでおられるのかもしれません。とても苦しく切ない状況に身を置き生活しておられるのかもしれません。
認知症になると様々な問題行動と思われる周辺症状が現れます。つい、目の前の行動をその人の性質だと思いがちですが、認知症状はその人の生活歴とは関係なく現れることもあるということを肝に銘じ、支援していく必要があると感じます。
[参考記事]
「軽度認知症で気性の激しい人への対応」