私は大規模有料老人ホームで介護士をしています。施設には当然認知症の方もいらっしゃいます。認知症から派生する「行動心理症状」には実に様々なものがありますが、その中でも厄介なもののひとつが「物盗られ妄想」ではないでしょうか。
私たち施設で物盗られ妄想の入居者様への対応についてお話ししたいと思います。
Nさん(92歳 女性)の物盗られ妄想
Nさんは普段は無口で温厚な方ですが、極度の「物盗られ妄想」がありました。
ご自身のものが見当たらないとすぐに
「部屋に泥棒が入った。」
「〇〇(特定の人ではなく、介護スタッフや他の入居者様、いろんなケースがありました)が盗んだ。」等大騒ぎをすることが頻繁にありました。
また洗濯をするためにスタッフがお預かりしたパジャマを見つけると「返せ」と殴りかかることもありました。
Nさんの場合は基本的には室内の置き忘れのケースがほとんどで、スタッフが一緒に室内を探すとすぐに見つかることが多かったのですが、時には「100万円のダイヤの指輪が盗まれた」とか、持っていないものまでも盗まれたと言われることもありましたが、これにはかなり手を焼きました。
物盗られ妄想に対する大事なポイントは3つ
物盗られ妄想は、物が見当たらないときに置き忘れ等を考えないで、「物がないイコール盗まれた」と思い込んでしまうことが原因の一つです。
また孤独感や自分の置かれた状況に対する不安から周りの人の注意を引こうとして問題行動を起こす場合もあるとも言われています。
Nさんに限らず、物盗られ妄想に対しては、私は次の3点に注意して対応しています。
①話を否定したり、途中で遮らないこと。
「誰も盗りませんよ。またどこかに置き忘れたのでしょう。」等と相手の言うことを頭ごなしに否定すれば、ますます心を閉ざし不穏になるだけです。
②「盗られた」という言葉は使わないこと
「見当たらないのですか?」と言い換えることも大切です。そうすれば「盗られた」という思い込みが納まり、気持ちが落ち着くこともあります。
③スタッフがその物を見つけても絶対に手に取らないこと
実際、スタッフがすぐに見つけることが多いです。発見したときはスタッフが手に取って渡すことなく、物を指さして「これじゃないのですか」とご自身に見て納得してもらうことが重要です。
スタッフが手に取って渡すと「あんたが盗ってのか」ともなりかねません。
Nさんの物盗られ妄想に対する対策
施設という共同生活の場で物が盗られたという話は、それが妄想でもあまりいい気がしないものです。ましてNさんの場合は暴力的になることから、スタッフで早急に対策を立てることになり、次の二点を実施しました。
①Nさんにこれまで以上に声をかけ、話を聞く機会を増やすこと。
まずこれまでのスタッのNさんへの対応について確認したところ、
・Nさんは、普段は無口でおとなしいを人であることから、スタッフの中では「この人は少しくらい待ってもらっても大丈夫」との認識があり、用事が重なった時など「ちょっと待ってくださいね」といい、後回しにすることが多いこと。
・無口な人だということで、これまであまり話をしていないことが分かりました。これを解消するためにNさんとのコミュニケーションを増やすことにしたのです。
②貴重品を一緒に確認する機会をもつこと
まずはスタッフがお菓子の紙箱にパッチワークした箱を作ってプレゼントし、貴重品をその箱に入れるようにお願いしました。
スタッフが部屋に入った時に「Nさん小銭入れ、箱に入れてますか」と声をかけ、まめに一緒に確認をするようにしました。
変化はある日突然に
対策を講じて以来、Nさんの妄想回数はかなり減りました。ある程度の効果はあったのかもしれません。ただ、元々口数の少ない方なので、コミュニケーションが出来ているのか自信は全く持てませんでした。
対策をしてからおよそ2か月がたったある日、Nさんがケアセンター(介護スタッフの作業場所)に来られて「箱なあ、嬉しかったわ、大事にするわ。」と言われたのです。
その時はただ箱を気に入ってくれてた位の認識でしたが、その日からNさんの口数が少し増え始めたのです。そしてその日以来、物盗られ妄想で暴れることはなくなりました。ただ、物への固執は強いままですが・・・
今、私が思うこと
あの日から約2か月が経とうとしています。おそらくNさんの物盗られ妄想が完全に無くなったわけではなく、またいつか突然起きるかも知れません。ただ、Nさんが以前より明るくなったのは感じることができますし、きっと少しは心を開いてくれたのかなとも思います。
Nさんのケースは上手くいった事例の一つで必ずしもいつも同じ方法で解決するとは限りません。介護の仕事は人と人との繋がりの仕事だと言われています。ほんの些細なことが大きく影響することもあるデリケートな仕事です。そこが介護の難しさでもあり、またやりがいでもあると思います。