「物盗られ妄想」の強い認知症の高齢者は、施設内で他者とトラブルを起こしやすくなります。特に、同室の利用者や、日常接しているヘルパーは疑いの対象になりやすいです。疑った相手をひどい言葉でののしったり、大声で責め立てたりするので、周りの利用者も穏やかな気分ではいられません。
人は認知症になると、どうしてもネガティブな気分になり被害妄想が出やすくなるものですが、他の人も巻き込まれてしまうようなトラブルはなるべく避けたいところです。物盗られ妄想の強い人へどのように接するのがベストなのか、ひとつの事例を用いて、上手な対応方法についてお話したいと思います。
1.物が無くなると「盗まれた!」と思ってしまう
90歳のTさん(女性)は、ひどい物盗られ妄想があります。施設の4人部屋で暮しているTさんですが、私物の多い人で色々なものをベッドの下や自分専用の棚にご自身でしまっています。
自分の持ち物に非常に敏感で、物が見えなくなると途端に「盗まれた!」と思ってしまいます。そして、同室の利用者たちに対し「〇〇が盗まれた。おまえが盗ったんだろう!」と強い口調で責め立てます。また介護職員に疑いの目が向くことも多く、「夜中に〇〇が私のところへ来た。その時に盗んだんだろう。」と訴えてくることもあります。
話を聞いてみると、なくなった物は帽子やメガネなど大切な物のときもあれば、ポケットティッシュなど、どう考えてもわざわざ人の物を盗む必要などないような物のときもあります。
そして大抵はTさん自身のベッドの中から見つかったり、ベッドの下に落ちていたりするのですが、それが分かってもバツが悪いのか絶対に自分の非を認めません。
2.周りの人への悪影響
このような人がいると、同室の人は安心して穏やかに暮らすことが出来なくなってしまいます。身に覚えのないことでひどく相手に罵られ、すっかり怯えてしまう人や、自分は何も悪くないのに、相手に強い口調で怒られて「自分が悪い」と思ってしまい、深く落ち込んでしまう人もいました。
このままではいけない…ということになり、介護職員同士で話し合いの場を持ちました。Tさんの物盗られ妄想を少しでも緩和していくために、職員全員で対応していくことになったのです。
3.物盗られ妄想の認知症高齢者への上手な対応方法
これまでは、Tさんに「盗んだだろう!」と疑われると、「違いますよ!」とか「周りをよく探してみましたか?」など、Tさんの訴えを否定するような対応をしている職員もいました。でも、物盗られ妄想が出た時に、否定したり諭そうとするのは逆効果です。
物盗られ妄想が出た時は、まずは落ち着いてTさんの話をよく聞き、Tさんの気持ちを汲み取るように努めました。これだけ「盗まれた!」と騒ぐということは、たとえそれがポケットティッシュなど些細なものであろうと、Tさんにとっては大切な物なのです。まずはその気持ちを受け入れ、「大切な物がなくなって心配ですね」など共感の言葉掛けをします。そして、「じゃあ、一緒に探してみましょうね」と、Tさんと一緒になくなった物を探します。
大抵は先述のようにベッドの下や中からすぐに見つかることが多く、これまでは「ちゃんとあるじゃないですか!」などとつい感情的になってしまう職員もいたのですが、「見つかって良かったですね!」と笑顔で接するようにしました。
ポイントは職員が先に見つけても、あえてTさんに見つけてもらったことです。職員が先に手に取って「見つかりましたよ」と手渡すと、「やっぱりお前が盗ったんか」となりかねません。物を先に見つけた場合には「Tさん、ベッドの下を探してください」と誘導し、自分で見つけてもらうように気を使いました。
そのようなことを続けていると、次第にTさんの態度もやわらかくなっていきました。相変わらず物盗られ妄想はありますが、「職員に言えば一緒に探してくれる」と思ってくれるようになったのか、同室の人を以前ほど責めることはなくなり、すぐに職員へ伝えてくれるようになりました。
4.まとめ
物盗られ妄想は、周りの人への不信感の表れでもあります。それをできるだけ避けるためには、普段から積極的にコミュニケーションを取るように心がけることが大切です。
物が見えなくなるたびに誰かを疑うような生活は、Tさん自身にとってもたいへん大きなストレスです。そのストレスを少しでもやわらげてあげるためにも、Tさんと職員相互の関係を良好なものにしていく努力が必要です。
[参考記事]
「認知症による物盗られ妄想の対応で大事なポイントは3つ」