今回はアルツハイマー型認知症の90代女性の徘徊のお話をします。長年息子さんが在宅介護をされていましたが、勝手に外に出て危なかった経験もあり、介護老人保健施設の認知症専門棟へ入所されました。徘徊も問題でしたが、強い介護抵抗も大きな問題の女性でした。
頻回な徘徊
彼女は入所当時は独歩ができており、常に徘徊していました。休む事などなく、ほぼ24時間です。徘徊にはどんな場合でも本人なりの理由が存在します。彼女の徘徊の理由は、人探しでした。家族を探していたり、友人を探していたり。
そこそこ健康な体であれば、私たちもむやみに徘徊を止める事はしません。しかし、彼女は徘徊の影響で食事もままならず、かなり痩せていました。「もともとは、とてもふくよかな女性だった。」と息子さんは言います。食事を促しても「いや。そんな時間がない!」とスタッフを叩いたり、蹴ったり、物を投げることもありました。さらには「やめてー!殺される!」と施設内に響き渡る大声で抵抗していました。少ない食事量に見合わない徘徊のため彼女はどんどん痩せていきました。
さらに彼女には問題がありました。それは、白内障の影響で視力は人影が少し分かる程度だったのです。ご家族は白内障の手術をしても、術後の管理が困難であると判断し、手術は希望されませんでした。そのため、目があまり見えない中での徘徊です。転倒したり、ぶつかったりと、本当に怪我の絶えない状況でした。
徘徊や食事への対策
問題を解決するために、私たちは彼女の過去に注目しました。実は彼女、長年お茶の先生としてたくさんの生徒さんを指導してこられた方で、朗らかで明るく、ユーモアのある先生でとても人気があったようです。
その情報を活かし、ご家族にお茶セットを持って来ていただき、私たちが生徒となり、まず関係作りを始めました。
徘徊が長時間になってくるタイミングで、「先生。そろそろお茶の教室の時間です。ご指導お願いいたします。」とテーブルや畳の部屋へ誘導し、座ってもらうとあれこれ聞きながら指導してもらいました。視力のほとんどない彼女に代わってスタッフがお茶を立てます。そのときに一緒におやつも食べてもらう事にしました。
作戦は大成功です。ご本人も大満足で、「皆さん。よくできましたね。とっても美味しいお茶でした。下手でもいいんです。そのうちうまくなりますよ。」ととても優しい笑顔をくれました。こうして毎日のお茶会を習慣にする事で、充足感を得る事ができ、徐々に精神面も落ち着いていきました。
始めたばかりの頃は、このお茶会の後、数分は座っていましたが、またすぐに立ち上がり、徘徊を始める状況でした。しかし、精神面の落ち着きとともに、座っていられる時間が長くなっていきました。すると、少しずつ体重も増えていきました。
まとめ
徘徊や介護抵抗などの周辺症状の多くは、環境による不安や不満がもたらす影響です。今回彼女の背景を活かし、関わり方を工夫する事で時間をかけて問題を解決することができた事例でした。
周辺症状は、問題行動のみが注目されてしまいがちですが、問題行動のみに注目するのでは無く、その内面に何が隠れているか、しっかり観察し、会話し、考えていかないといけないと実感しました。
「認知症なんだし、本人に聞いても分からないだろう。」と思われる方もいると思いますが、認知症になり、記憶は欠落し、コミュニケーション能力が失われつつあったとしても、快・不快の感情は最後まで残ります。人間として最後まで人間らしく、その人らしく生きて行けるように支援が必要だと私は感じています。
[参考記事]
「夜に裸で外出する認知症女性の徘徊を地域で支えた事例」