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可能な限り在宅で介護。重度アルツハイマー型認知症の事例

 

 Nさん(80歳後半女性)は、重度のアルツハイマー型認知症により、意思疎通ほぼ不可(会話を促しても会話にならない)、手引き歩行可、麻痺なしのADL(日常生活動作)レベルの方でした。

 家族の献身的な在宅介護により、入所を希望せず、通所介護を週3回利用することになりました。対応が難しく、意思疎通が不可なので、もちろんこちらの希望通りには動いていただけません。さらに急に怒りだしたかと思えば、急に笑顔に戻ったりと、感情の起伏にも強い波がありました。

 幸いにも家族の方々の理解と協力もあり、通所介護での優先順位(Nさんに受けてもらいたいサービス)を統一することになりました。

[家族の希望した優先順位]
1. 入浴
2. 利用時間

 家族が希望したのはこの2点だけでした。

1.入浴に関しては、以前訪問介護にての自宅入浴を試してみたものの、住宅改修にも限度があり、かつ強い拒否がみられ、自宅入浴では無理があったということでした。

2.利用時間に関しては、Nさんが通所介護を利用している間に家族の休養、または用事を済ませておきたいという希望がありました。

 職員間の会議では、通所介護の利用だけではなく、入所も検討したほうがいいのではないかという声もありましたが、金銭面という問題ではなく、家で最期を迎えさせてあげたいという強い希望が背景にありました。

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通所介護利用開始

 利用開始当初から、困難を極めました。まず送迎時間に合わせてNさんの準備が間に合わず、家族が送り迎えするパターンになりがちでした。

 家族に送迎していただいた後も、Nさんが落ち着かず出ていこうとしてしまいます。歩行も手引き歩行可のレベルなので転倒リスクが高く、職員が1人完全にとられてしまい、他の業務がこなせません。

 当初は手の施しようがなく、午前中に再度家族に迎えをお願いする時もありました。このままでは家族の希望した優先順位のひとつも消化できないまま、家族の負担も余計に大きくなってしまうのではないかという声が強く、ケアマネージャーに再度入所も検討してもらうような流れになっていました。

 しかし家族の希望は想像以上に固く、
「少しでも慣れてもらえるまでこのままで構わない」
「業務に支障が出そうになればすぐに迎えにいきます」
という内容でした。

 後に伺った話ですが、家族(お嫁さん)はNさんに対して本当にお世話になったといい、自分の負担が増えてもNさんのお世話を最期までしたいと純粋に考えておられる方でした。職員をしている以上、私的な感情は抑えるべきですが、私も正直胸を打たれました。

 利用日を休んだり、または家族による送迎を繰り返しながら、数か月経過したある日、週に1回程度入浴(同性介助。男性介助拒否)できていた状態でしたが、とある出来事が起こりました。

お風呂に入ってくれたものの・・・

 家族の協力もあり、何とか通所介護を利用できるようになってきていたNさんでしたが、その日は比較的機嫌も悪く、同性介助でケアをおこなっていました。

 Nさんは意思疎通不可のため、全介助ながらも、一般浴(掘り込み式)で入浴することができていました。入浴時間になり、脱衣所まで誘導をおこなっている様子を見て、「今日は入浴してもらえそうだな」と内心ホッとしていました。

 ところが入浴時間が過ぎてもなかなか出てきません。そう思っていた矢先、入浴担当者から報告がありました。

「Nさんが湯船につかったまま出ようとしてくれません」

 驚きましたが、本当に湯船から出ようとしないのです。手すり棒にしがみついたまま動こうとしません。

 入浴時は身体の急変のリスクもあるので、半ば強制的にでも湯船から出したほうがいいのかもしれませんが、男性が入ると余計に不穏が強くなってしまう可能性もありました。

 看護師の助言も頂き、その時は浴槽の栓を抜いてお湯を抜き、同性介助を継続していく方法をとりました。その後も時間はかかりましたが、比較的スムーズに脱衣所まで移動してもらうことができました。

家族に報告時、奇跡的なことが起こった

 その日、Nさんは送迎時間まで帰宅願望もなく、デイサービスを利用してくれました。帰りの送迎担当は私でした。看護師による連絡帳の記載はしてくれていたものの、口頭にて家族に報告する時は緊張するものです。

 私はその日の出来事を家族に報告しました。
「ご迷惑をおかけして本当にすみません」
「いつもありがとうございます」

 家族から謙虚に頭を下げられ、私のほうこそ頭が下がる思いでした。

「〇〇(家族の名前)、何かあったんか?謝ったりして」一瞬の出来事でした。Nさんが家族に対して声をかけたのです。家族もとても驚いていたのですが、同時に笑顔も見られました。Nさんはその一言を発しただけで、また意思疎通はできなくなりました。

 Nさんはその後も家族の支えがあって、通所介護や訪問介護を利用し続け、自宅で最期を迎えました。

おわりに

 重度のアルツハイマー型認知症になっても、人間の力は不思議なものです。家族の献身的な支えがあってこそ実現できた在宅介護だと思います。

 Nさんがお嫁さんと共に生活してきた軌跡が顕著に感じとれる事例でした。皆さんもお嫁さんには親切にしましょうね(笑)

[参考記事]
「認知症における奇声や暴言が軽減し、在宅介護を継続できた症例」

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