Read Article

広告

認知症患者による自殺はあり得るのか

認知症は記憶や認知機能が失われていくプロセスですが、それは一瞬で全てが消えるわけではありません。自分自身の変化に気づき、将来への絶望を感じる「自己認識」が残っている時期こそ、精神医学的に最もハイリスクな局面とされています。

広告

1. 診断直後の「絶望」と自殺リスクの相関

2020年代に発表された大規模な疫学調査のエビデンスによれば、認知症の診断を受けてから最初の1年以内、特に数ヶ月間は、自殺のリスクが急増することが分かっています。 これは「リアリティ・ショック」と呼ばれ、自分自身のアイデンティティが崩壊していくことへの恐怖、家族に迷惑をかけることへの罪悪感が引き金となります。

  • 医学的データ: 英国の研究(PLOS Medicine掲載)では、認知症と診断された直後の患者の自殺リスクは、認知症のない人と比べて約3倍に達すると報告されています。

2. 「遂行機能障害」と「衝動性」の危険な組み合わせ

認知症には、物事を計画し実行する能力(遂行機能)が低下する一方で、感情をコントロールする前頭葉の機能が損なわれ、「衝動性」が高まるという特徴があります。

  • 実行のプロセス: 「死にたい」という抽象的な思考が、ブレーキの効かない脳の状態で具体的な行動に結びつきやすくなります。

  • うつ病との併発: 認知症の初期には「アパシー(意欲減退)」や「抑うつ状態」が頻繁に見られます。これらが併発することで、死への渇望が強まり、判断力が低下した状態で自傷行為に至るエビデンスが多く確認されています。

3. レビー小体型認知症と幻覚の恐怖

認知症の種類によってもリスクは異なります。特にレビー小体型認知症では、鮮明な幻視や妄想が現れることが特徴です。

  • 恐怖心からの逃避: 実際には存在しない恐ろしいものから逃げようとして、ベランダから飛び降りたり、パニック状態で自ら命を危険にさらしたりするケースがあります。これは計画的な自殺ではなく、「症状による不慮の帰結」としての自殺様行動ですが、医学的には極めて重要なリスク要因です。

4. 高齢者特有の「完遂率」の高さ

一般的に、若年層と比較して高齢者の自殺は「完遂率(実際に亡くなってしまう割合)」が高いという統計的エビデンスがあります。

  • 手段の選択: 高齢の認知症患者の場合、迷いが少なく、確実性の高い手段を選んでしまう傾向があります。

  • 孤立の影響: 独居や老老介護といった社会的な孤立が、誰にも気づかれずに事態が悪化する背景となっています。

5. 予防のための医学的・社会的アプローチ

これらのエビデンスを踏まえ、現在の認知症ケアにおいては「診断後の心理的サポート(ポスト・ダイアグノスティック・サポート)」が最重要視されています。

  • 告知のあり方: 診断を伝える際、単に病名を告げるだけでなく、継続的な支援があることを強調し、孤立感を解消することが自殺予防に直結します。

  • 環境の調整: 衝動的な行動を防ぐため、家庭内での刃物や薬品の管理、ベランダの安全対策など、物理的な環境整備が医学的にも推奨されています。


結論:認知症患者の自殺は「防げる悲劇」である

「認知症だから何もわからないだろう」という思い込みは、患者が抱える深い悲しみと絶望を見逃すことにつながります。

  • 初期ほどリスクが高いというエビデンスを理解すること

  • うつ症状や衝動性を適切に薬剤やケアでコントロールすること

  • 「家族の重荷になりたくない」という思いに寄り添うこと

URL :
TRACKBACK URL :

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top