超高齢社会に突入した日本において、認知症は今や国民的課題ともいえる深刻な問題となっている。厚生労働省の調査によれば、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になると見込まれている。このような中、認知症本人を支える家族の存在は極めて重要であり、その介護負担は多岐にわたる。
では、家族は実際にどのようなことに困難を感じ、何が一番の課題となっているのか。本稿では、様々な調査や家族の声をもとに、認知症の家族が最も困っていることについて深掘りする。
1. 介護の精神的・身体的負担
認知症の家族が直面する最大の困難は、精神的および身体的な負担である。認知症は進行性の病気であり、記憶障害、見当識障害、幻覚、妄想、暴言・暴力など、さまざまな症状が現れる。初期の頃は物忘れが中心だが、中期以降になると日常生活全般に支援が必要となり、介護の負担は飛躍的に増加する。
家族はしばしば24時間体制で見守りや介助を行う必要があり、慢性的な睡眠不足に陥る。特に「夜間徘徊」や「トイレの失敗」が頻繁に起こると、介護者は常に神経を張り詰めていなければならず、精神的にも限界を感じるようになる。認知症の症状による暴言や拒否行動が続くと、「なぜこんな目に遭わなければならないのか」と介護者自身が自己を責めたり、無力感にさいなまれたりすることもある。
認知症の家族介護者を対象とした調査では、「うつ状態」や「燃え尽き症候群」の症状を訴える人が多く、介護うつから家庭内のトラブルや介護放棄、さらには虐待にまで発展するケースも報告されている。
2. 経済的な負担
認知症の介護は、経済的な面でも大きな負担となる。まず、介護にかかる直接的な費用として、訪問介護サービス、デイサービス、ショートステイなどの介護保険サービスの自己負担分がある。さらに、紙おむつや消臭剤、食事の工夫、見守り機器などの出費が積み重なる。要介護度が高くなると、施設入所を検討せざるを得なくなるが、特別養護老人ホームは入所待ちが長く、有料老人ホームなどは月額20万円を超えることも少なくない。
また、介護者が働きながら介護をすることが困難になり、仕事を辞めたり、勤務時間を短縮したりするケースも多い。これにより世帯収入が減少し、経済的なダメージが深刻化する。日本老年学的評価研究(JAGES)の報告では、介護離職を経験した人の約半数が再就職に苦労しており、介護を機に生活が破綻するリスクすらある。
3. 情報不足・制度の複雑さ
認知症の診断を受けた直後、家族は何をどうすればよいのか分からず、混乱に陥るケースが多い。介護保険制度の利用、地域包括支援センターの活用、成年後見制度、医療・介護サービスの選択など、さまざまな情報が必要になるが、それらは複雑で理解しづらく、統一的にまとめられていないことが多い。
特に初期の段階では、本人や家族が「まだ大丈夫」と状況を受け入れられず、支援を求めるタイミングを逃すこともある。また、情報を得ようとした際に、インターネットや行政窓口での説明が専門用語だらけで理解できないと感じる人も少なくない。さらに、地域差があるため、同じ制度でも利用のしやすさや質に大きな違いがある。
4. 社会的孤立と理解のなさ
認知症介護におけるもう一つの大きな困難は、社会的孤立である。家族介護者は、介護に追われて外出や人との交流が減り、次第に社会とのつながりを失っていく傾向がある。さらに、認知症に対する偏見や無理解により、周囲の人に相談できない、助けを求められないという状況も生まれている。
例えば、認知症の人が外出先で店員に怒鳴る、道に迷って保護されるなどの出来事があると、家族が責められるケースもある。「しっかり見ておかないからだ」「施設に入れたほうがいい」といった言葉に傷つき、家族はますます閉じこもりがちになる。特に地方では、近所の目を気にして支援を受けにくくなるといった地域特有の問題も顕著である。
5. 今後への不安
認知症は進行性の病気であり、回復が見込めないという現実がある。そのため、家族は常に「これから先どうなるのか」という不安を抱えている。本人の症状がどこまで進行するのか、介護がいつまで続くのか、自分が先に倒れてしまったらどうなるのか――そうした将来への不安が日常的に存在し、精神的ストレスの大きな要因となっている。
特に一人で介護を担っている人や、高齢の配偶者が介護をしているケースでは、「自分の死後、誰が面倒をみるのか」「財産や遺言の準備をどうすればいいのか」など、終末期やその後の生活にまで考えを巡らせなければならない。こうした不安は、制度や支援だけでは解決できず、根本的には「安心して任せられる社会的な体制」が不可欠である。
結論:最も困っているのは「孤立した全責任感」
以上のように、認知症の家族が直面する困難は多岐にわたるが、それらを統合的に考えると、家族が「一人で背負い込まざるを得ない孤立感」と「すべての責任が自分にあるという重圧」に最も苦しんでいることが分かる。
家族介護者の声として、よく聞かれるのが「誰かに代わってほしいわけではない。ただ、誰かに話を聞いてもらいたい」「助けてと言ったら責められるのではと怖い」といったものである。つまり、「介護そのものの大変さ」よりも、「相談できない」「共感してもらえない」「一人で抱えなければならない」ことのほうが、家族にとってはつらいのである。
今後は、医療・介護・福祉の連携強化だけでなく、地域全体で家族を支える仕組み、ピアサポート(同じ立場の人との交流)や心理的ケア、相談のしやすさなど、社会全体の共助意識が不可欠である。認知症は個人や家族だけの問題ではなく、社会全体で支えるべき「共通課題」であるという認識が広まることで、家族が抱える最大の困難も少しずつ軽減されていくだろう。
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