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[認知症介護体験 今野さん編①]徘徊で横浜から伊東へ

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高校入学と共に祖父母と同居し、それから11年間祖母の介護をしました。
祖母は元教師だったので、ハキハキ言うタイプだったのですが、初めて母にキツく文句を言う姿を見てビックリ。
初めこれは嫁姑問題が起こったと思いました。
このようなことが長く続いたため、とうとう母は耐えられず家を出ました(この時には母は祖母が認知症だとは分かっていません)。
祖母は母が出て行ったのを知っているのに、母の名前を何回も呼ぶのです。
最初は、「これは嫌味?」と思っていました。
しかし、ご飯を食べた後に「ご飯はまだ?」と言った時に「もしや?これは認知症ではないか」と疑い始めました。

そして、異常な行動をし始めやっと「これは認知症だ」が確信しました。
きっかけは、魚を三口コンロ全てに、直に魚を置いて焼いていたのです。
煙が出ていたため、私は火事だと思い、慌てて消火器を持って入ると、
「あんたバカでしょ。こんな焼き方したら火事になる」
と自分でやったと思ってないのです。

「おばあちゃんでしょ」と言っても、「私がこんな事するわけない」と言い切るのです。

認知症だと確信した出来事はこれだけではなく、「泥棒が入ったから来てほしい」と警察を呼んだことです。
そして、警察の人に「セーターが盗まれた」と言うのです。
警察には認知症の疑いがあることを伝えたあと、謝って帰ってもらいましたが、後日そのセーターは、以前私が住んでいた家(おばあちゃんの家から徒歩1分)の門にハンガーにかかった状態であったのです。
なぜ、このようなことをしたのかは全く分かりません。

その他の異常行動と暴言、暴力

家事関連ではお味噌汁のだしを麦茶パックでとったり、五合炊きの炊飯器で十合炊いたり、あげたら切りがない程の事をしました。
これらの失敗の数々は私のせいにされていました。

「あんたは、もう何にもしないで。やったらやったでめちゃくちゃなことして、おままごとしてるんじゃないのよ」と怒るのです。

私が作る食事は祖母が自分で作ってると思っていましたが、先ほどの失敗したことだけは全て私のせいにされていました。
言い返せば、逆ギレし、そのうち平手打ちが飛んでくるようになりました。

徘徊で横浜から伊東へ

私が学校から帰ると祖父が「祖母が居ない」と言うので近所を探しましたが見つからず、近所の交番に行きました。
余計なお金は持たせて無かったのですが、警察からは交通機関に聞くよう言われました。
そして駅に行って駅員さんに写真を見せながら「この人見ませんでしたか」と聞いたところ、覚えていてくれていました。
しかし、行き先までは分からないと言われたため、仕方なく警察に任せて家で待つことにしました。

すると、警察ではなく伊東のタクシー会社からの電話ありました。
事情を聴くと祖母は10年前の同窓会のハガキを持っていて、そこに書いてあった旅館に行ってほしいと言ってきたようなのです。
しかし、既にその旅館はなく、何かおかしいと察知した運転手さんはバッグに付いていた迷子札を見て連絡してくれました。
そのまま、伊東から横浜までタクシーで送ってもらったのですが、金額は5万円。
この金額には驚きましたが、仕方ないと諦めました。

コンロの使い方を間違えたり、記憶障害もあるのに、よく伊東まで行けたなと思うのですが、どのように電車に乗ってたどり着いたのかは未だに分かりません。

人前では正常

認知症と診断されないと介護サービスも受けられないので、祖母を病院に連れていかなければいけませんでした。
医師からは診断するのに50回以上通院しないと判断は出来ないと言われました。
それもそのはず医師の前では、しっかり祖母は受け答えしているのです。
ですので、私は日々の異常な行動を記録していき、医師に見せました。
そして認知症の症状と同時に鬱もあるので、抗うつ剤や安定剤を処方されましたが、日に日に言動がおかしくなるのです。
後で知ったことですが、認知症のよる鬱を通常の鬱と思って治療すると症状が悪化する場合があるそうで、恐らくこの医師は祖母の鬱を通常の鬱だと思い、薬を処方したのだと思います。
もちろん、残りの抗うつ剤は捨てました。

そうこうしているうちに、やっと認知症と診断されたので、介護サービスを利用することにしました。
元々祖父の脳梗塞で訪問介護を利用していたので私にとっては違和感はなかったのですが、祖母はプライドが高いため介護サービスを拒否しました。
デーサービスの週一回利用でさえも嫌がるので、正直家族は大変でした。
祖母は絶えず家にいるため、家族はその対応に追われていました。

祖母はトイレに行くのを忘れ漏らすのでオムツをしていたのですが、そのオムツすら変えず香水を付けて臭いをごまかしてしまいます。
また、そのオムツをパンツだと言い張り、目を盗んでは洗濯機で洗うのです。

その他にも引っ越すと言っては、家族全員の部屋の荷物を持ち出します。
重い荷物でも二階から降ろしてくるので、どっからそんな力出る?と思うぐらいです。

まとめ

祖母は近所では有名なほどお洒落で、私にとって自慢でした。
しかし日に日にだらしなくなり、目つきも変わり、大好きだった祖母の面影はなくなり、認知症はこんなに人を変えてしまうのかと恐くなりました。

本人も何が起こっているのか分かっていないので、辛いとは思うのですが、それ以上に介護してる方は精神的、肉体的に辛くなります。
私も血尿が出る程、苦しみました。
病気のせいだと思っていても、毎日の理解不能な言動に余裕はなくなり、こちらの口調も強くなりました。
今は介護サービスも充実しているので、短時間でもお互い離れて過ごすのは大切だと思います。
上手にサービスを利用することをオススメします。

[参考記事]
「[認知症介護 今野さん編②]イカと大根を間違えて大変なことに」
「[認知症介護 今野さん編③]徘徊先で転んで腰の骨にヒビ」
「[認知症介護 今野さん編④]仏壇の写真を見て激怒し、警察を呼ぶ」
「認知症介護 今野さん編⑤知らぬ間に100万円の着物の帯の買い物」
「認知症介護 今野さん編⑥認知症の祖母の「引っ越し癖」に苦慮」

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