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認知症介護 宮野さん編①認知症発症のサインは腰痛だった

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今回の記事は40代の男性に母親の認知症について書いていただきました。
………………………………………………

家族の誰かが認知症だと気付くきっかけは「物忘れが多くなったこと」が一般的だと思います。
しかし、私の家の場合、母が認知症なのですが、認知症だと分かったきっかけは腰痛でした。
母は現在60代ですが、「家事の最中にぎっくり腰を起こした」と言って、1日中寝ていたことがありました。
一度は収まりましたが、その後も腰痛はことあるごとに起き、やがて慢性化していきました。
「ぎっくり腰は一度経験するとくせになるから」と本人も周囲も考えていましたが、あまりにもしつこく痛みが続くので、ある大きな病院で検査を受けることに。

結果は「異常なし」でした。

外科的な所見では腰にまったく異常は見られず、したがって腰痛の原因も分からなかったのです。
母と私は腰痛の権威として評判の病院をいくつも巡りました。
どこへ行っても診断は「骨や神経に異常は見られない」でした。

ひとりだけ、違った視点からアドバイスをくださった先生がいました。

「これはもう外科的なものでなく、精神の問題ではないでしょうか」

その先生は、うつ病など精神疾患がもたらす痛みを示唆してくれたのです。
母はこれに対し激怒。
「私が精神を病んでいるはずがない! 私の頭は正常だ!」と一蹴。
自分は絶対〇〇ではない…という強い思い込み。
これが認知症を発症した時も失敗をもたらすことになります。

「腰が痛かった」ので救急車

60代を迎えた母は、ほぼ終日家の中で寝て過ごすようになりました。
腰の痛みで起きるのも歩くのも辛いというのです。
舞台鑑賞や絵を描くことなどの趣味も、腰痛を理由にすべて止めてしまいました。
物事に関心が持てず、無気力になるのは、うつ病の典型的症状です(参考記事「うつ病(老年期うつ病)と認知症の症状の見分け方は」)。
あの先生の指摘「これはもう外科的なものでなく、精神の問題ではないでしょうか」はやはり正しかったのです。
しかし、この時点で私はただの腰痛と思っていたこともあり、そこで思考停止してしまい、母の痛みの本質を見抜けていませんでした。

ある日、出先から戻ってくると家の前に救急車が止まっていました。

家族が不在にしている間、母が119番を呼んだのです。
母はすでに救急車の中に搬送されていました。
なんと「あまりにも腰が痛いから救急車を呼んだ」と言うのです。
転倒して骨折した、というなら分かりますが、「ベッドで寝ているうちに我慢できない痛みになった」とのこと。

救急隊の方々も困っておられました。
血圧、脈拍などはまったく正常なので内科的な病気は考えにくい状況です。
骨折も打ち身もありません。
ただ腰痛を訴えるだけです。

そんな症状で受け入れてくれる救急病院はありません。
隊員の方は粘り強く連絡を続けてくれましたが、どこも断られました。

救急車を安易に呼びつけることが問題になっていますが、母の場合がまさにそれです。
腰痛では呼ぶ理由になりません。
私は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいでした。

1時間ほども救急車の中で過ごした後、ついに受け入れ先の病院が見つかりました。
自宅からやや離れた整形外科です。
院長先生が自ら対応してくださいました。

ひととおり診察を終えると、院長は冷たい口調で言い放ちました。

「起きてください」

母はもちろん激怒しました。
「こんなひどい痛みで来ているのに、起きろとはなにごとだ!」と。

院長はなおも突き放すように続けます。

「トイレも自分で行ってくださいね」

これに対して母は「ああ行ってやるよ!」と起き上がり、ややおぼつかない足取りながらも、ひとりでトイレに向かってしまったのです。

私も救急隊員の方もあっけにとられて眺めていました。

「息子さんにお話があります」

院長はさっきまでとうって変った穏やかな口調で私に話しかけました。

「お母様は初期の認知症です」と院長は言い切りました。

よく知られているように、認知症の特徴は「子供返り」することです。
母の腰痛もまた子供返りのひとつでした。

「腰が痛い」と訴えれば、私をはじめ家族みんなが心配します。
救急車まで駆けつけて、検査や病院探しをしてくれます。
皆が自分のために懸命になってくれる。
母の欲求はこれで満たされます。

「赤ちゃんが泣いてみんなの気を引こうとするのと同じ心理なんです」と院長。

本来は救急車を呼んでよいケースではありませんが、院長のはからいで「急性腰痛」という診断にしてもらい、母はタクシーで帰宅することになりました。

院長は帰り際、「すぐに認知症の検査をしてもらいなさい。早めに治療すれば効果があらわれやすいです」とアドバイスしてくださいました。

翌日、院長のお話を噛んで含めるように説明しましたが、母は「私が認知症のはずがない!」と頑なに認めません。
あまりに強情でしたし、話し方もはっきりしていたので私も「認知症は思い過ごしかも」と説得をあきらめてしまいました。

後に相当時間が経ってから、アルツハイマー型の認知症が発覚した時は本当に後悔したものです。

「あの時、医師の忠告を信じていれば良かった」と。

原因もないのにしきりに身体の不調を訴える時は、認知症のサインかもしれません。本人のプライドを刺激しないように配慮しつつ、検査を受けることをおすすめします。

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