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認知症の母の暴言に疲れ果てアルコール依存症に

 

 今回の記事は40代の男性に母親の認知症について書いていただきました。
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私は今アルコール依存症の治療をしています。それは認知症の母と関係があります。その経緯を書いていきます。

 母はアルツハイマー型の認知症が確定となり、投薬治療が始まりました。介護保険も申請し、入浴介助のためにヘルパーが来てくれるようになりました。生活の質は向上したはずですが、変わらなかったこともあります。

母の「暴言癖」です。

 午後になると暴言の時間がはじまります。私は会社にいる時に携帯のショートメールで届くのですが、「馬鹿野郎」「自己満野郎」といった一言だけの暴言が、分刻みで立て続けに届きます。やむをえず席を立って、母の携帯に電話すると電源を切られてしまいます。

 認知症による混乱が起きると、プッシュボタンを押すことさえ上手くできなくなってしまう母ですが、ショートメールで罵詈雑言を送ることはできます。いわゆる「まだらぼけ」の典型で、「意識が正常に保たれている状態」と「混乱してしまう状態」が一日の中で繰り返すのです。

 周囲にとって、混乱して何もできない状態は大変ですが、もっと困るのは判断能力を多少は保ちつつ認知症状によって感情を爆発させている状態です。電話してなだめようとしても電源を切ってしまう、ある種の悪知恵が残っているのですから。

 朝のうちは割と意識がしっかりしていますが、午後になるとイライラしはじめ、とんちんかんな受け答えになってきます。夜間は怒りで混乱状態にあるか、無反応に近いうつ状態。1日の中である程度のパターンがありました。

 骨折した際の入院中もこのサイクルはほとんど変わりませんでした。歩行訓練をしていた母がよろけてしまった時のこと、近くにいた入院患者が「大丈夫?」と声をかけてくれました。母は「これが大丈夫に見えるか!」と怒鳴り返したのです。

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信頼されているほど仕打ちを受ける

 朝方、クリアな状態の母にたずねてみました。なぜ暴言を吐くのかと。「なぜか怒りの感情が沸いてきて、自分でもまったくコントロールできなくなる」という返答でした。何を言ったのかは覚えていないそうです。

 さんざん罵倒された翌朝、けろりとして世間話をされると、こちらの方こそ腹が立ってきます。当時のメールを保存しておけば、どんな暴言だったのかもっと詳細に書くことができたでしょう。ですが、私は届いた片端から消去してしまっていました。そうしなければ自分の怒りを抑えられず、とても介護に向き合うことができなかったのです。

 この頃、私の酒量はどんどん増えていきました。介護のストレスです。仕事にも影響が出ますから、業績が落ち、さらにストレスとなります。結局、私はアルコール依存症となり現在、精神科への通院と断酒を続けています。認知症は介護する側の人生にもダメージを与えるのは間違いないと思います。

 周囲全員にきつくあたる中で、私への暴言がもっとも辛辣で回数も多かったと思います。肉親だからこそ、攻撃も激しくなるのだとか。愛情と信頼の裏返しとも言えます。できればそんな形で表現してほしくなかったのですが、暴力を伴わなかっただけ、まだましといえましょうか。暴言と同時に暴力があったのなら、アルコール依存症では済まなかったかもしれません。

認知症が性格を歪める

 認知症は性格の変化を引き起こします。特に暴言、暴力などはその典型です。奥底に隠していた性格の悪さが、脳のストッパーが外れたことにより表にあらわれたのでしょうか?性格そのものが変質してしまったのでしょうか?私は後者だと信じています。

 意識が聡明な時に母は涙を流して私に弁解したことがありました。
「あれは本当の私じゃない。病気が私にしたことなんだ。お前だけは信じてくれ」と。

 当時、母の暴言にほとほと疲れ切っていた私は「信じてるよ」と返してやることができませんでした。母の亡くなった今でも「信じてる」と言ってあげられなかったことを後悔しています。

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