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[認知症介護体験3]料理で火事寸前。早く死んでしまえばいいのに

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祖母が認知症になってから、いろいろなことがありました。
一緒に暮らしていると、介護は毎日のことですから、どうしてもさまざまな出来事が起こります。
もっとも気が気でなかったのは、火の元のことです。
祖母は元来、町内でも有名な料理上手で、いつも何か手料理を作っていました。
中でも煮物は得意で、お煮しめなどをおいしく作ってみんなに振る舞っていた人でした。
なので私は、祖母に認知症の症状が出てからも、好きなことをやめさせてしまうのは逆効果だし、本人がやりたいうちは料理を続けさせてあげたいと思っていました。
けれど、料理は火や刃物を使うこともあり、心配が尽きません。
包丁は、若い頃から使い慣れていて問題ではありませんでしたが、火だけは気がかりでした。
かといって、常に祖母を見張っていることもできません。
ちょっとした間に、祖母は煮物をしていることを忘れて、何度も鍋を焦がしました。
鍋を火にかけたまま外出してしまったこともありました。
もうあと一歩で火事寸前、という危機までいったことも。
火事だけは、うちだけで済まない問題ですし、万一隣近所に燃え移ったらそれこそ一大事です。
でも、祖母にどれほど言ってきかせても、火にかけた鍋を忘れてしまうのを防ぐことはできません。
認知症の人がものを忘れてしまうのは理屈でなく、努力や何かの方法で忘れないように努めることができない類の事柄だからです。

家事に対する対策

考えた末、私や母が家にいない時は、ガスの元栓を止めてしまうことにしました。
そうすると祖母は元栓の開け方がわからず、鍋を火にかけられないので、火事の心配はなくなりました。
けれど、それがいい選択だったかどうかはわかりません。
料理を自由にできなくなってから祖母は、目に見えて認知症が進んでしまったように思えました。
認知症の人との接し方の本などを見ると、「本人がやりたいと意思表示するものは取り上げてはいけない」と語られていることが多いと思います。
私も当然そう思いますが、なかなか同居で介護の日々を送る中で、それを尊重して寄り添い続けるのは難しいことです。
理想と現実とのつきあい方も、在宅介護の永遠のテーマではないでしょうか。
だから、祖母と言い争いになってしまったことや、仲たがいしてしまったこともたくさんありました。
いくら過去に火事を起こしかけて危ないと言っても、本人がそれを覚えていないので伝わらないし、こちらが心配すればするほど「わしをボケ扱いして」と祖母が怒るのもしょっちゅうでした。
けんかをしても毎日、介護は続くので気まずく(祖母は悪い印象だけは覚えている)、こちらも良かれと思って言っているだけにストレスもたまっていきます。
それが家族の在宅介護で一番苦しいところでもあるのですが、そもそも、介助する人は自分の身内です。
子どもの頃に世話になった記憶もあれば、無数の思い出もあり、「元気で長生きしてほしい」と願う存在です。
それが、在宅介護が続く中でいくつもの我慢や苦痛、ストレスが蓄積し、祖母のことを「いなければいいのに」「死んでしまえばいいのに」「いなければこんな苦労もなかったのに」などと考えてしまう時もありました。
本当は、大切な人をそんなふうに思いたくなんてないし、心底ではいたわってあげたいのにそんな気持ちになるのを自分で止められないことへ罪悪感も生まれます。
そして、そう考えてしまう自分自身の心がつらくて、自己嫌悪が募ってしまうのも切ないものです。

そういう葛藤を抱えつつも、それでも介護に休みはありません。
だからこそ、時折報道される介護殺人のニュースのように、思いつめてしまうケースがあるのだと思います。
在宅介護こそ、上手にヘルパーさんなど外部の助けを借りて、風通しよくおこなっていくことが大切です。

[参考記事]
「認知症の介護疲れによる殺人に関して私が思う事」

「[認知症介護体験 1]介護離職して、家で出来る仕事を始める」

「[認知症介護体験 2]手押し車を押して、夜に徘徊」

「[認知症介護体験4]認知症薬(ドネペジル)は効果なし」

「[認知症介護体験5]デイサービスは必ず利用すべき」

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