グループホームに入居されている前頭側頭型認知症のTさん(男性)のお話をします。
Tさんは昔剣道をやっていたということで、がっしりしています。82歳というご高齢にもかかわらず、力もかなり強い方です。歩く時には杖が必要ですが、自力歩行が可能な状態です。
発語は難しく、「あー」「うーんうん」など絶えず大きな声を出すのですが、会話はほぼ不可能な状態でした。「お茶をお入れしましょうか?」などのお声掛けをすると「お茶、お茶、お茶…」と繰り返すばかりで、本当に求めているのかわからず、コミュニケーションにも支障をきたしている状態です。
熱いお茶をお出しすると、そのまま飲んでしまいますので、ぬるめのお茶にするよう気をつけました。
職員に対する暴力
そのTさんが、職員、他のメンバー様に暴力を振るうという問題が起きました。杖を振り上げる、手を差し伸べるとものすごい力で握りしめて離さない、また、ひどい場合は相手の腕を捻るなどです。「Tさん、痛いですよ、止めてください」とお願いしても止めてくれません。
実際に、杖で殴ったことはないのですが、他のメンバー様は怯えて、Tさんの存在を脅威として受け取るようになりました。
男性職員の一人は、腕を捻り上げられて、病院で治療を必要とするような怪我をしてしまいました。きっかけとなる原因は特にありません。急かすなど、怒らせるようなことはしませんし、言葉で傷つけるようなこともありません。
何がスイッチになっているのか分からない状態ですので、他のメンバー様や女性職員は近づかないようにする、お声掛けだけで誘導するなど、対処療法的な方法を取るしかありませんでした。
とはいえ、ふらつきが見られたり、ご自身から手を伸べられたりした場合、職員は手を出さないわけにはいきません。そのとき、すかさず乱暴を振るわれるのです。
他のメンバー様にお怪我をさせることは絶対に避けなければなりませんので、結果的にTさんは、ますます孤立してしまい、一人で座っていることが多くなりました。
暴力に対する対策
職員で話し合った結果、暴力は「Tさんなりのコミュニケーションではないか」ということになりました。その根拠に、Tさんは暴力を振るっているときも笑顔なのです。むしろ嬉しそうな顔をします。
職員の手を強く握るのは一緒にずっといて欲しいという意思表示。相手が痛がることですら、反応が嬉しいのではないでしょうか。
うまくコミュニケーションができないので、杖を振り上げるなどして、ご自分をアピールしているのではないでしょうか。
このように「孤独感から暴力が酷くなっているのではないのか」と考えたのです。
それからは、レクリエーションの場にも、他のメンバー様とは少し椅子を離し、参加していただくようにし、お声掛けの回数も意識して増やしました。残念ながら暴力が全くなくなることはありませんでしたが、少し落ち着かれ、暴力も少なくなりました。
Tさんの暴力が、孤独感からきているのかもしれないということは、ご家族がいらしたときに確信できました。ご家族は、なかなか面会に来ないのですが、一度来ると長くお話しされます。Tさんは、ご自分からの発語は難しいのですが、ご家族の存在がとても嬉しそうでした。家族が帰ってからしばらくは、暴力も収まったのです。
まとめ
介護する側からすると、「介護をしているのに暴力を振るわれてしまう」と、疲弊してしまうでしょう。実際、怪我をしてしまうようなことは避けなければなりません。
前頭側頭型認知症の方は、原因のないまま異常行動に出てしまうことがあります。いくら原因を追求しても、まったく理由のない場合も多くあります。そこが、認知症介護の難しいところです。その時、諦めてしまうか、何かよりよい方法がないか考えてみるのでは大きな違いがあります。
暴力のある患者様には、「気に触るような言動はつつしむ」ことから始めてみましょう。そして、よく観察してみれば、小さなきっかけとなる解決策が見つかるかもしれません。
[参考記事]
「前頭側頭型認知症ってどんな症状があるの?」
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