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医師も気づかなかった認知症が事故をきっかけに判明した事例

 

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出会いの縁

 ある日のこと、88歳男性が住む地域を包括するケアマネージャーから私の勤める訪問介護事業所へ、その男性(仮名:アキオさん)の生活介助に入ってもらえないだろうか?との相談がありました。

 ケアマネージャーからの説明によると、アキオさんは奥様と息子様の三人家族で、アキオさんと奥様は一戸建て住宅で二人で暮らし、息子様は地方で生計を立てておりました。アキオさんは、家事一切を取り仕切っていた奥様に先立たれてしまいました。

また、定期的に泌尿器科疾患で昔からの行きつけの町医者へ徒歩で通院しています。息子様は一人暮らしとなったアキオさんの生活状況を携帯電話を通じて頻繁に連絡をとりあいながら気にかけておられました。

 アキオさんは近くの銀行でひと月に何度が払い出しをしており、銀行職員とも顔見知りでした。そのお金で朝やお昼はコンビニエンスストアや出来立て弁当店のお弁当を買って食べ、夜は行きつけの飲み屋さんへ出かける事が多かったようでした。息子様は、隣近所は勿論、行きつけのお店の経営者、民生委員の方へご自身の連絡先を伝えてあり、何かあればすぐに連絡が来る体制になっておりました。

 何事もなく続いていたと思った生活が一変しました。アキオさんがコンビニエンスストアや出来立て弁当店で買ってきた食べ物の残りを庭先に置き、カラスへ与えていたのです。毎朝のようにアキオさん宅前に集まるカラスに対するご近所からの苦情が息子様の元へ入りました。

そこで、息子様がアキオさん宅の様子を見に来てみると、家の中いっぱいにゴミが散乱し積み上げられており、手の付けようがない惨状が広がっていたのでした。途方に暮れた息子様は、掃除サービス業者を手配し、100万円以上に及ぶ経費をかけお部屋を住めるように掃除したとのことです。

 民生委員の方に相談し、介護保険の認定を受けることとなり、要支援1の認定を受けました。アキオさんの日常生活を維持していく為に生活援助サービスとして、掃除に入って欲しいという要望を受けてのご相談だったのです。話し合いの結果、週に2回の掃除サービスと生活介助と通院時同行という身体介助に入る事になりました。

 お会いするとアキオさんは、見た目とても88歳には見えない方でした。第一に姿勢がピンとしており、登山や冬の山スキーで鍛えたという体は、体脂肪率も低く細身で、着ている洋服も大変おしゃれでした。帽子は特にお気に入りのようで、ハットを沢山持っており、トレードマークにもなっていました。物腰は優しく、時に熱く趣味の写真について語りだせば、周囲の人たちが驚くほどの饒舌ぶりです。

分かり始めるアキオさんの生活

 玄関は昔ながらの引き戸タイプで、呼び鈴を鳴らすと笑顔で出てきて鍵を開けて下さいました。洗濯機は今では珍しい二層式タイプでご自身で洗濯し、しっかり干すことも出来ておりました。お湯を沸かす事もでき、お好きなコーヒーを淹れることができ、ガス給湯器も使える状態でした。床はハンディモップで掃除していらっしゃるご様子でした。

 何度か訪問しているうちに、ふと気づいたことがありました。確かに下着と靴下は洗濯されていますが、洋服が見当たりません。息子様がたまに戻った時にクリーニング店でクリーニングしてくれた洋服はそのままで、いつも同じものを着ておられました。また、お風呂場は使用している形跡が全くなく、伺うと、「近くの銭湯に自家用車でで行っているよ。」とのことでした。

 確かに家の前には自家用車が止まっていますが、それは息子様用で、近くにも銭湯はありません。実際はお風呂には入っていませんでした。また、冷蔵庫の中には、買ってきて忘れてしまったお弁当やサンドイッチが沢山冷凍されていたり、数日前の食べ残しのお弁当がそのまま冷蔵されておりました。アキオさんの体のためと、カラスへの餌とならないように、アキオさんに気付かれないように持ち帰って処分しましたが、そのことにも気づくことはありませんでした。

 私の中で、アキオさんの認知症が次から次へと確信されていきました。通院の際には、通院先の看護師さんから、いつもしっかり定期的に通院していたが、ここ最近は通院日程がバラバラで、暫く薬も取りに来ていなかったこと、血液検査結果で栄養が足りていないことについての報告がありました。

医師との面談の中で、アキオさんは「毎日お米を炊飯器で炊いている。」と説明し、医師はその話を信用しきっていました。実際は炊飯器はないし、お米も炊いていません。認知症の人は話を取り繕うことがあり、アオキさんもそうでした。

通いからのスタート

 アキオさんの生活の質は明らかに低くなっていました。アキオさん、息子様、ケアマネージャーと相談の結果、アキオさんは日中は私が所属する訪問介護事務所と同じ系列のデイサービスへ通い、その中で入浴を促し、同じく系列の認知症高齢者下宿で朝と晩ごはんを食べるという事になりました。朝晩は、下宿スタッフが送迎に入りました。

 何度か朝の出迎えに行った際、寝ている日がありました。その際には、歯磨きを行う様子が全くありませんでした。時には、「今日は出かけたくないよ。」となかなか車に乗って下さらない日もあり、ご自宅へお弁当を届けた日もありました。また、デイサービスでのお風呂に備えての着替えの準備では、お一人では何も準備出来ないご様子でした。

 デイサービスへ通う生活を行った頂いている時期、息子様に行きつけの飲み屋店主から、階段を踏み外して頭をぶつけてしまったが本人は大丈夫と言っているという事故の報告が入りました。その報告を受け、直ちに脳神経外科を受診した結果、硬膜外血腫の跡(大事には至りませんでした。)があったこと、脳に萎縮が見られることが判明しました。

下宿人となる

 これまでの生活のご様子と今回の転倒で分かった脳の萎縮から、明らかに認知症であることが判明したアキオさんは、慣れ親しんがヘルパーがいる認知症高齢者下宿に入居することが決定しました。その後の介護保険認定調査では介護5に認定されております。今は毎日、穏やかに暮らされております。

この事例を通して

 息子様は地方で生計を立てながらも、インフォーマルサービスを利用して、アキオさんの生活をサポートしておりましたが、アキオさんの身なりや話し方からでは、民生委員の方でさえ認知症を疑うことはありませんでした。また、お金をきちんと管理できていたアキオさんは行きつけの飲み屋の店主も普通に接しておりましたし、かかりつけの医師も全くアキオさんの言動に疑いを持つことがありませんでした。

 私達介護職員は、高齢者の方と接する場面で、何か感じる事があります。勘が働くというのでしょうか、もしかするとその高齢者の方が知らずして出しているシグナルを感じ取る力があるのかもしれません。

[認知症]
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