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認知症による失語の事例を3つ紹介します

 

 認知症は、時に患者さんから言葉を奪っていってしまいます。認知症の中核症状として失語は位置づけられています。

 私は介護職としての経験は長いので、認知症で失語の症状を持つ人を多く見てきています。その中の印象に残っている3人を事例に挙げて、説明していきます。

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中国人のKさんの失語の事例

 Kさん(81歳女性)は中国語の他に、日本語と英語も話せたそうです。10歳の頃、日本に移住した中国人ですが、でも今は、母国語の中国語をほんの少し話すだけになっています。

 「シィアシンチィ ワヤオサイライ」私が毎週月曜日、訪問介護していた頃、訪問の終わりの中国語らしき言葉でのご挨拶です。数年前のことですので、正確な発音は覚えていないですが、そういう言葉をKさんの家族から教えていただきました。「また来週に来ます」という意味らしいです。いつもは表情の乏しいKさんの顔が、パッと明るくなります。そして私の手を取って、中国語で何やら話し掛けてくれるのですが、残念ながら私の返事は「シェーシェー」のみです。日本語で「また来週来ますね」と言っても反応はありません。

 Kさんのご家族に、介護の時に必要な中国語を、10通りほど、そして先ほどのご挨拶を教わったお陰で、入浴や排せつ誘導などが、うんとスムーズになりました。Kさんは、私が手を添えたり、背中をさするなどのスキンシップを嫌がらず、むしろ落ち着く傾向がありましたので、Kさんが話しかけてくれる時には、ずっと背中に手を置いて微笑みながら小さくうなづきます。「聞いています」という意思表示です。

東北出身のたかえさんの失語の事例

 Kさんは中国人ですが、日本人の患者さんにも当てはまるケースがあります。Kさんと同じ年齢(81歳)のたかえさん(仮名)は東北の出身で、高校を卒業して関東に就職し、認知症が始まる前までは、標準語を話していました。症状が進行するにつれて東北の方言が強くなってきています。

「ススぐいで」とたかえさんが言います。
「は?スス?煤ですか?・・煙突の?」

 たかえさんは「お寿司が食べたい」と言ったのですが、私の返事は見当違いです。お互いに外国人に話しをしていような、ちょっと困った顔になってしまいます。話の内容が、痛みや緊急なものではない時は、ほぼにっこりし合って、その場を収めてしまいます。笑顔は全国の共通語だと実感します。

 たかえさんの、温かみのある方言には随分慣れてきました。「け」と声を掛けられるとたかえさんの傍に行きます。「こっちに来て」という意味だからです。お散歩の時などは、目をつぶって、歌を歌ってくれることもあります。よく歌われるのは、鉄道の歌で、1フレーズしか出てこない日は、ずっと1フレーズの繰り返しです。一番をほぼ完ぺきに歌った日は、たかえさんの認知症が少し良い日の目安です。

ご主人がドイツ人だったふみさんの失語の事例

 ふみさん(79)の、最初のご主人はドイツ人だったそうです。ご主人は、かなり気性の荒い人だったと、ふみさんの娘さんから聞いたことがあります。要介護5のふみさんは、身の回りの事、ほとんどに介護が必要です。

 ふみさんがある時から頻繁に「ハルン、ハルン」と言うようになりました。看護婦経験のあるスタッフが「ハルン(Harn)はドイツ語で尿のこと。ふみさんはお手洗いに行きたいんじゃないかな」と教えてくれました。果たしてその通り、お手洗いでさっぱりしてきたふみさんは、その後「コート(Kot)」を連呼して大便の意思も伝えてくれるようになりました。毎回その通り成功、とまではいきませんが、これは大変嬉しい発見でした。ふみさんが、子育ての時によく使った単語なのかもしれません。

 それ以来、スタッフの間でもこの医療用語は使われるようになりましたのでふみさんに感謝です。「Wさん、ハルンと思ったらコートでした」そんな会話も交わされます。

 普段は穏やかなふみさんは、時にとても暴力的になります。スタッフの腕に嚙みついた事が何度もあります。でも、ほとんど歯が無いのと、アゴの力もあまり強くないので、痛みはあまりありません。それでも運悪く数本の歯が骨に当たってしまうと、やはり痛いです(笑)これはドイツ人の元ご主人から受けた暴力も原因のひとつではないか、という見方もできますが、きっかけがつかめない、突発的な行動です。

 ふみさんが暴力性を出しそうな時は、機嫌の良い日のふみさんの十八番の「ローレライ」を小さな声で歌います。ローレライはドイツ民謡らしく、このメロディを聞くと落ち着いてくれます。敢えて小さな声で歌うのは、ふみさんが声を聞こうとして、暴力から意識が逸れるからです。本当は耳元で歌いたいのですが、あまり近づくとガブリとやられる可能性もあるので、30cmは距離を置きます。落ち着いてきたら、頭でフシを取りながら、ふみさんに続きを一緒に歌ってもらえるように誘います。ふみさんはスキンシップが苦手なので、手は添えません。

まとめ

 以上3つの失語の事例を見てきましたが、ふみさんの例を除いて、新しく取得した言語が削げて、コアの部分が比較的に残りやすいといえるのではないでしょうか。Kさんは中国語、たかえさんは東北弁。そして最後にご紹介したふみさんは、私が接した認知症の症状では珍しく、中間の言語が残っているケースです。

 ケアをする人が、患者さん全ての言語をマスターするのは不可能ですし、意思疎通そのものが出来ないステージの方もいらっしゃいます。しかし認知症のステージに応じては、患者さんが話す言葉のうち、ケアに役立つ単語をいくつかでも押さえておくと仕事がしやすく、意思の疎通にも役に立つと思います。

 また、たかえさんの鉄道の歌や、ふみさんのローレライなど、慣れ親しんだ歌のメロディの効果がとてもに大きいことに驚かされました。歌詞は理解していないかもしれませんが、メロディは覚えているのです。

[参考記事]
「認知症の中核症状って一体どんな症状なの?」

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