●幻覚を理解している認知症のEさん
デイサービスを週に2回利用されているEさん(80代男性)は軽度から中度の認知症で、時々幻覚(幻視)が見られます。デイサービスでお話をしていると突然、「あなたの後ろに子供たちがたくさん立っている」と言ったりするのです。
しかし幸いなことに大抵は、「私には見えるのだけど、きっと子供たちは居てないのですよね……」と、ご自身が幻覚を見ているという事を自覚されているため、スタッフとしては、「そうなんですよ。実際には子供たちは居ないのです」と説明する事ができます。
ただ、たまに自分が幻覚を見たと思っていない時もあるので、Eさんの言動には気を付けています。そのような時は実際にその場所に移動して、「ここに何もいないですよね」と確認してもらう事もあります。
●送迎車内で幻覚を見られた時の恐怖体験
Eさん自身が幻覚だと理解してくれているのでまだマシなのですが、それでもやはりタイミングによってはゾッとする事もあります。
ある日の朝、Eさんを自宅までお迎えに上がり、送迎車にてデイサービスまでお送りして下車する際に、「ここに来るまでに子供を3人、車で轢きました」とおっしゃるのです。運転していたスタッフは、もちろんそのような事実はないのですが、さすがにゾッとして怖くなったそうです。
その際にはEさんは、「いや、確かにドンっとなって衝撃もあった」とおっしゃったため、実際に車の周りを一周して確認してもらい、どこにも事故を起こした跡がない事を確認してもらって、Eさんが体験した事は幻覚だったと理解してもらう事ができました。
別の日、お迎えで送迎車に乗車中、車が順調に走っている時に、「あぶない! 子供が飛び出してきた!」と叫ばれました。咄嗟の事ですから運転手も慌てて急ブレーキを踏んでしまい、危うく後続車に衝突される寸前になった出来事がありました。後続車の運転手さんが怒って車から降りてこちらに来られたため、名刺を渡して事情を説明と謝罪をして許していただく事ができました。
この時もEさんは自分の幻覚だったと思わなかったようで、本当に子供が飛び出してきたと思ったらしく、「子供を轢かなくて良かった」と安堵されていました。
このような事があってから、今までは送迎の兼ね合いでEさんは助手席に乗っていただいていたのですが、送迎コースを組み替えて後部座席に座っていただくようにして、前方の視界を少しでも狭くするようにしました。
それからは送迎時に関してはEさんは危険な幻覚を見る事は減りましたが、それでも「歩道に子供たちが並んでいてこちらに手を振っている」などと横の景色を見ながらおっしゃる事はありました。
●むかしの強烈な記憶がよみがえる
Eさんはなぜか、幻覚を見る時には必ず子供が出現します。必ずと言っていいほど子供ばかりを見ておられますので、ある日のサービス担当者会議でその事を説明すると奥様が、「小さい頃に子供を病気で亡くしているのです」と話をしてくれました。
今は2人の成人した娘さんがおられるのですが、実はもう一人子供が居て小学校低学年の時に病気で亡くなったそうです。その時のEさんの悲しみようは尋常ではなかったそうで、一時仕事も退職して半年程は立ち直る事ができなかったようです。その子は男の子だったそうで、よくよく話を聞くとEさんが見てきた今までの幻覚に現れる子供たちは全て男の子でした。
認知症になると短期記憶は衰えていきますが、過去の、特にインパクトの強い記憶はしっかりと残る方が多く、Eさんにとっても息子さんを亡くされた時の記憶は忘れたくても忘れ難いものになっていたのでしょう。
[参考記事]
「レビー小体型認知症による妄想や幻覚に対する対応」
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