Nさん(79歳)は軽度の認知症とうつ病を持ち合わせている女性です。数年前に肺がんで夫を亡くし、しばらくは一人で生活をしていました。自分で立って歩けるものの、歩く際膝ががくがくしています。本来であれば転倒の危険性もあるため、誰かが付いていなければいけないですが、子供たちは結婚をして別居をしています。
夫を亡くしてから時々ショートステイを利用していますが、その頃から軽度の認知症とうつ病と診断されました。離れて暮らす子供たちが「実家を訪ねた際、死にたいと何度も言う母を一人にしておくと心配だ」ということで特別養護老人ホームに入居をしてきました。
お金を心配するNさん
Nさんは職員が「もうすぐ春だね」というと「そうだね、桜が咲くんじゃないかな」など会話をしてくれる時もあります。しかし机で座っているとどうしても過去の記憶が蘇り、感傷的な気持ちになってしまいます。涙を流しながら「もう今日帰るね。すみません。明日お金を払いに来ますから。お父さんが家で一人だから」と。もちろん、施設のお金はご家族からきちんと支払いされています。
別の日には慌てたように「私の結婚式がここであったんだもんね。今日もたくさんくるんでしょ。準備しなきゃいけないでしょ」と言って泣きながら歩こうとするNさん。私が「誰の結婚式?」と聞くと「いや、誰だろうね。私もここで結婚式を挙げたもんね(もちろん実際には違う)」と言っていたので、多分知らない人の結婚式だと思われます。何か楽しい場所や祝い事をしたい気持ちがあるけど、お金の心配で出来なかったという事が過去にあったのかもしれません。
入居してからNさんが笑う表情を職員は見たことがありませんでした。職員が「お金の心配はしなくて良いからね」と何度言っても、また数分後には泣きながら「すみません。お金は明日払うから。今日帰ればお金も安くなるでしょ?」と繰り返すNさん。職員はNさんがこの施設を利用する料金を心配しているのかもしれないと思い、対応しました。
お金の心配をするNさんへの対応
家族に過去のNさんの様子を聞いてみると、Nさんの親が知り合いなどからよくお金を借りていたことがあり、Nさんは返すのを手伝うために幼いころから仕事をしていた、との事でした。家事などをテキパキとする人であまりじっとしていることはなかった、との事です。
結婚式の心配をしながら泣くNさんにメモを渡し、結婚式に何が必要かを書いてもらうことにしました。「子供も来るもんね、ジュースも必要かな、あとタクシー代も、それと、、、」と次々にメモに必要な食料などを書くNさん。書き終わって「こんなお金私ないよ。どうしたらいいの。」と困った様子で見つめるNさん。私が「じゃあ、これはうちの会社が払うからね。」と言うと安心した表情で「本当に頼むよ。頼んでいいのね。」と言い、その日は泣くことはありませんでした。
「今日は帰るね。すみません。」と泣きながら帰ろうとする時には、職員が「悲しくなっちゃった?じゃあ送迎の車が来るまで手伝ってくれる?」と言ってベッドカバーや布団カバーの取り換えを手伝ってもらい、お皿洗いや、お皿拭きをしてもらうことにしました。なるべく一人で考える時間を少なくするようにして、一緒に家事、掃除などをすることにしました。職員が何も言わなくてもテキパキと綺麗に布団カバーをかけてくれるNさん。
少しずつ表情が柔らかくなり、数分おきに感傷的になって涙を流していた回数も日に日に減っていきました。最近は「もっとここを掃除した方がいいんじゃない?」という言葉を聞けて職員もとても驚きました。
私の施設はユニット型ということもあり、少人数での共同生活で家のような雰囲気も良かったのかもしれません。
[参考記事]
「認知症によるうつ傾向が訪問介護、訪問リハビリで改善」
No commented yet.