住宅型有料老人ホームに入所されたIさん(70代後半男性)は、入所されるまでは娘と2人で在宅で過ごしていました(妻は先に他界)。
要介護1でしたが、身体のADL(日常生活動作)に特に強い障害はなく、物忘れや見当識障害がたびたび見られる状態でした。性格は穏やかで、「紳士的」という印象でした。
Iさんの言動や行動に異変が感じられた娘さんは、少しでも近くで生活していきたいと考えて、職場に近い有料老人ホームを探していたとのことでした。
入所初日のIさんの様子
Iさんは娘さんと共に来所されました。娘さんと一緒にいたので精神的には安定し、本人は入所して生活することを受け入れている様子でした。娘さんは教師という職業だからなのか、とても穏やかな方で「仕事帰りに毎日様子を見に来ます」という程、協力的でした。
Iさんは入所当日は他の利用者さんにも挨拶をし、デイルームで穏やかに過ごされました。職員たちも、穏やかなIさんの様子に安心していました。
入所当日の夜
当日の夜、仕事を終えた娘さんが面会に来られ、1時間程話をしていました。終始穏やかに過ごしていたIさんでしたが、娘さんが帰ると少し不安な表情になっていました。
しばらく時間が過ぎ、20時を回ったころでした。突然、Iさんの居室から大きな物音が連続して起こりました。慌てて職員が駆け付けると、Iさんがブラウン管のテレビを持って居室から出てきました。すごい力だなと感心しましたが、急いでIさんの安全を確保するためにテレビを支え、話を伺うことにしました。
入所初日には環境の変化により、帰宅願望の訴える方はいるのですが、Iさんの理由は珍しいものでした。Iさんの理由は、「引っ越しをする」というものでした。「娘さんのいる自宅に引っ越しするのですか」と聞くと「違う」と言います。「娘と一緒にここに来たんだからそれは理解している。でも引っ越しをするんです」と、少し混乱しているような回答でした。
Iさんが落ち着くまでの間、話を伺いつつ、一旦娘さんと電話で会話をしてもらい、様子をみることにしました。電話で娘さんと話をしたIさんは落ち着きを取り戻し、部屋に戻りました。
その日は夜間に混乱もなく、翌日までは安定して過ごしていました。いったんは収まっても、またこのような「引っ越しをする」行動が繰り返されたため、職員間で意思統一がおこなわれました。
Iさんに対する意思統一の内容
①Iさんに帰宅願望はみられないものの、新しい環境に対して不安が強く、現在自分のいる場所が安心して過ごせる所だという認識を持てるように対応する
②毎日面会に来てくれる娘さんにも協力してもらい、会話を通じて不安を解消していけるようにお願いする。
③デイルームで過ごしていただく際、同性の利用者さんの近くにIさんを配席し、色々とこの施設での過ごし方をアドバイスしてもらう。
上記の3点に注目して意思統一が行なわれました。
その後のIさんの様子
①に関してはIさんの娘さんに協力をお願いし、入所する前の部屋と同じ家具や寝具を置き、以前と変わらない雰囲気を作りました。
②に関しては娘さんとの面会の際にはこの施設がどのようなところで、何をするところなのかを中心に説明を続けて頂いた結果、Iさんも納得され、以前のような行動を起こすこともなくなりました。
③に関しては他の利用者さんに会話を促していただいたおかげもあって、Iさんの表情にも笑顔がみられ、施設での生活パターンを維持することができるようになりました。
おわりに
人は環境が変わると緊張や混乱が起こりやすくなります。対応策を実践しても改善しない場合には再度病院を受診をしていただいたり、場合によっては退所せざるを得ないケースもあります。
強制退所という状況にならないように生活の背景や医療、福祉など様々な視点から観察し、対策を考えていく必要があります。
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