夕方の不穏からの暴力行為、転倒にによる度重なる怪我
A子さん(当時82歳)は小柄で女性的でとてもかわいらしい女性ですが、典型的なアルツハイマー型認知症を持つ利用者様でした。
話かけるととても嬉しそうにお話してくれますが、基本的にろれつは回らず、会話はよくよく注意して意識していなければ理解できない状態です。
失禁はほとんどないものの、日常的な動作ができなくなってきていることが多いので、食事も職員介助のもとでなければ、お茶の入ったコップに手を入れてしまったり、ご飯をねんど遊びのようにこねてしまったりすることもたびたびありました。
夏は水分を摂るという行為を忘れてしまい、意識朦朧としていることも多く、職員がこまめに(30分おきくらいに)一口ずつでも摂取していただくというフォローも必要でした。
また、だんだん歩くという行為や立ち上がるという行為ができなくなり、歩行の姿はまるでマリオネット人形のようになり、立ち上がればほぼ高確率で転倒するという状態で、常に見守りが必要なレベルでした。
日中にはまだ良かったのですが、夕方になると不穏という感情障害の部分が大きくなり、泣き叫びながら、杖を振り回そうとすることや、「ここから出して!!」とわりとはっきりした口調で大声を上げながらドアや窓をよじ登ろうとするなどの行為が目立ちました。
そういうときのA子さんの力はその体格からは全く想像できないほど強く、止める職員の腕をつかんで青あざにしていたり、かなりの興奮時には3人がかりで押さえていなければいけないほどでした。
A子さんの生活環境
そんなA子さんですが実は普段は独居で生活されています。家族構成はお子様はいるものの同居はされておらず、初めてそれを聞いたときは私はかなり驚きました。先ほどお伝えした状態ですので、一人で生活することは不可能だと思ったからです。
私の勤務するデイサービスには週に4回利用されているのですが他のデイサービスにも通われているとのことでした。
自宅では夕方になるとお子様が母親であるA子さんの面倒を見に通っているということで、お食事や身支度のお世話をすると夜間は睡眠薬を服用してもらい帰宅します。そして、朝になるとまたA子さんの面倒を見に通っているということでした。
お薬でのコントロールは上手くいっているようでしたが、完璧ではないため、夜間に目を醒ましたA子さんは顔が変わるほど転んで打撲してしまったりすることが続きました。
これ以上怪我を増やさないためにも施設での「申し送り」でA子さんの転倒防止策について話し合われることが多かったです。
やはり、親族との同居が一番でしたが、事情があるとのことでそれは無理でした。そこで訪問でのリハビリテーションを提案しました。リハビリでは歩く訓練や筋肉を付けるための訓練をしてくれるので、それに期待をしたのです。
そして私たち職員ができることはご家族が施設内にいるときだけでも安心していただけるようにすることですので、考えたのは次のようなことでした。
A子さん自身にも居心地のいい環境
アルツハイマー型の特徴として、目の前にいる相手が誰なのかを認識することはかなり難しくなっていくのですが、反対に相手に対する感情は強く出るということが挙げられます。
A子さんが暴れてしまう時には危険を回避しようと職員が止めに入るということが普段の観察から見受けられました。行動を止めれば止めるほどA子さんの反抗は強くなります。
ではA子さんはなぜ夕方不穏になるのか。発言に注目すると「子供がまだ小さい」「主人の世話をしなくてはいけない」というような趣旨の発言が目立ちました。
もしかしてと思いA子さんに
「A子さんはおいくつですか??お子様はおいくつになったの?ご主人はお元気??」という質問を時間ごとに聞いてみると、午前中のわりと落ち着いている時
「いくつかは分からない。子供はもう結婚して出て行った。主人はとっくに死んじゃったの」と答えます。
機嫌のいい時間は
「あたしは55歳、子供はお勤めしている。主人は元気だと思う」と答え、いざ不穏が感じられる時間帯になると「こんなこと話してる場合ではない。子供はまだ2歳だ!!」と答えていました。
実はA子さんにとってはその時間帯ごとの年齢や感情がかなり変わっていたことが分かりました。夕方の不穏時間は子供を心配して迎えに行きたいのに、職員は「それを阻止しようとする嫌な存在」になっていたことが分かりました。
それではA子さんの立場になれば、どうしたらいいのか。どんな風にケアするのがいいのか。もちろんかわいそうだからといって早く家にお送りしてお子様の顔を見ていただくことはできません。
不穏の時の精神年齢にさせない
A子さんにとって否定をされることなく嫌な気持ちにならないようにするためにはどうしたらいいのか。切り替えスイッチはどこにあるのか。
A子さんがそわそわし出す時はほとんどのタイミングで他の利用者様たちが帰宅するタイミングにありました。
ですので、その姿を見せないように誰かが帰るときは、手の空いた職員がA子さんを他の部屋に連れ出したり、もともとのA子さんの女性らしさを活用して、育児や料理、家事、園芸などの相談をしてみたりすることで、一番機嫌のよかった55歳のA子さんでいてくれる時間はすごく延びました。
洗濯物を畳むことをお願いしても何度も衣類を丸めたり広げたりするだけですが、A子さんの意識を帰宅時のそわそわした感じから他に向けるということに関してはとても意味のある手段になっていました。
会話が上手くできなくても、自分を頼りにして話してくれる人がいるというだけでもA子さんは自信を取り戻し、その時間帯だけでも生き生きとしてくださることは我々職員にとっても励みになりました。
[参考記事]
「脳血管性認知症による暴力に対する対応には限界がある」
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