Eさんは80代の女性で、アルツハイマー型認知症を患っています。以前は、旦那さんと二人で暮らしていましたが、旦那さんが8年前に亡くなって以降、認知症の症状が急激に進行し、在宅での生活は困難とされ特別養護老人ホームへ入所しました。
Eさんの旦那さんは会社を経営しており、Eさん自身も裕福な家庭で育っていたため、「わたしはピアノが好きでお金持ちだったのよ。」とよく自慢しており、他の利用者から少し注意を受けることがありました。
Eさんは下肢筋力の低下に伴い、歩行器を利用していましたが何事も自分でしたい、という気持ちの強い方で、職員が介助をしようとするといつも「触らないで!汚い!」と拒否していました。そのため、職員も行動を見守ることしかできず、度々Eさんは転倒されることがありました。
また、日常ではいつも眉間にしわを寄せて怖い顔をしておられ、夜間には便を壁中につけるなどの弄便行為も頻繁にみられるようになってきました。そこで、息子さん夫婦と一緒にEさんの対応についての話し合いが行われました。
Eさんは息子さんに対しては、「よく来たねぇ。はやく家に帰りたい。」と優しく接していたため、まずは息子さんにEさんと話をする時間を作っていただき、Eさんが特養に入所している状況について少し話をしてみることにしました。
しかし、Eさんは「こんなところは居たくもない!家に帰ってご飯をしないといけない!」と興奮するばかりで、まったく聞こうとはしませんでした。
周辺症状に対する対策
そこで、Eさんが昔好きだったものや生活歴を今の生活に取り入れてみてはどうか、という意見が出ました。
まず、Eさんはピアノが好きだと常に言っていたため、小さなピアノのおもちゃを息子さんからプレゼントしていただくことにしました。
すると、Eさんはそのピアノをすごく気に入り肌身離さず持つようになり、ピアノを通して少しずつではありますが、他の利用者さんとも会話が増えてくるようになりました。
また、このピアノは音がとても小さいため、他の利用者さんから苦情が来ることがなく、Eさんはピアノを弾くことができていました。
次に、Eさんは料理がすごく好きだったと息子さんから聞いていたため、何とか料理を手伝ってもらうことはできないだろうか、と考えました。
私が勤めている特別養護老人ホームはユニット型であったため、決められたおかずは厨房から届きますが、ご飯や汁物は各ユニットで準備するようになっていました。
そこで、Eさんの目の前にみそ汁の鍋を置き、味噌を入れてもらったり、ご飯をよそってもらったりなど、Eさんのできる範囲でご飯の準備をしてもらうことにしました。
最初は、「こんなのしない!」と言っていたEさんでしたが、次第に手伝ってくれるようになり、職員とも会話が増えていきました。
1か月ほどたつと、Eさんの介護拒否はほとんどなくなり、「今日はどんなご飯かねー。」と職員と話ができるほどになりました。
今後はEさんを講師として、ユニット内で簡単なおやつ作りなどの計画もしていきます。
まとめ
ピアノと料理で日常が充実しているため、表情もとても穏やかになり、夜間の弄便行為もなくなり、現在では穏やかに過ごされています。
住み慣れた環境から特別養護老人ホームへ移り住むということは我々が考える以上に大変なことです。家族も知り合いもいませんし、認知症のため今の状況もきちんと掴めていません。
ですので、大きな不安が襲っていることでしょう。そこに昔から慣れ親しんだピアノがあったらどうでしょうか。私ならピアノを通して過去の思い出が蘇ってきて、安心をすると思います。
症状が現れたら薬で対処する方法は最終手段であり、まずは認知症本人の生活歴から出来ることをやっていくことが大切です。
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