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認知症による暴言と暴力の対応は生活歴を知ることから始まる

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私が勤めているグループホームで出会った、アルツハイマー型認知症を患う86歳の男性、Sさんのお話をします。
まず、Sさんがグループホームへ入所した経緯です。
自宅で転倒し右足を骨折しましたが、しばらく自宅で療養をしていました。
Sさんは通院や入院を拒みましたが、尿路感染症を患ってしまい、病院へ救急搬送されました。
その後、いったん自宅に戻りましたが、自宅療養を続ける中で暴力や暴言、睡眠障害、介護拒否が多くなり、現在の施設へ入所となりました。
入所後数日が経っても、介護拒否や、暴言や暴力は続きます。

「何するんだバカヤロー!」

「うるさい! やめろー!」

など、女性の2倍ほどある腕をぶんぶん振り回し、他者に唾を吐きかけながら抵抗します。
また、足が骨折していて歩くのが困難でしたが、ベッドから降りて、玄関の方へほふく前進して進んでいくこともよくありました。
何より一番心配だったのは、食事をまったく摂らないことでした。
点滴をしたとしてもすぐに抜いてしまうので、大人が3人ほどいつも側に付き添っていました。
こういう状態でしたので、ご家族が面会に来ても必要な用件だけを済ませて、顔を合わせずに帰るようになってしまいました。

Sさんの過去を知る

1ヶ月が経とうとするある日、急遽、SさんとSさんの長女夫婦とカンファレンスを行いました。
そこで私たちは、「アルツハイマー型認知症のSさん」ではなく、「一人の人間としてのSさん」を知ることになりました。
Sさんは農家の長男として生まれ、生まれも育ちも同じ町。
町内で知り合った女性と結婚をし、1男2女に恵まれ、高齢になってからも長女夫婦と同居していました。
Sさんは、老若男女誰にでも優しく、正義感が強く、困っている人がいるとすぐに助けに行くような人です。
若い頃は警察官になりたかったのですが、体の弱い両親や兄弟に苦労はかけられないと、警察官になる夢を諦め、農家を継いだそうです。

Sさんが83歳の頃、最愛の奥さんが亡くなりました。
ひどく塞ぎ込んでしまい、食事も食べず、外にも出ず、ずっと自分の部屋にこもりきりになってしまいました。
長女夫婦の支えもあり、だんだんと笑顔を取り戻してきたSさんでしたが、この頃から物忘れが多くなってきました。
長女夫婦が留守の間、火を消し忘れや水の出しっぱなしが多くなり、訪問販売や電話のセールスなどで、値段もわからずに品物を購入することが多くなってきました。
事の多さに不安を感じた長女夫婦はSさんに注意をしましたが、「そんなことはしていない。」という態度を変えず、家族の溝は深まるばかりでした。
これはおかしいと思った長女夫婦は、Sさんを病院へ連れて行くと、アルツハイマー型認知症と診断されました。

長女夫婦はすぐに介護サービスの利用を検討しました。
要介護認定は要介護1で、デイサービスには通えるということになり、すぐに通えるデイサービスを探しだしました。
しかし、Sさんはデイサービスへ行こうとしません。
それどころか、また部屋から出てこなくなってしまったのです。
そして、あるとき自宅で転倒し、自宅でも介護が難しくなり、グループホームに至ります。

Sさんの過去から対応を考える

以上のような生活歴や既往歴など、その人のこれまでを知ることは介護業界では当たり前のようにいわれますが、その当たり前を大切にできる業界人はどれくらいいるでしょうか。
恐らく、忙しくて、一人一人に時間をかけられないというのが本音でしょう。
しかし、入居者の人生は様々で、そこから介護のヒントをもらえることも多々ありますので、ここにこそ時間をかけるべきではないでしょうか。
Sさんの場合には暴言や暴力がありますが、何か理由があると考えました。
その裏には、Sさんのこれまでの苦悩や不安、どうしようもない怒りや悲しみがあるとは考えられませんか。
警察官になれず農家を継ぎ、最愛の妻にも先立たれ…。
病気ではなく人を見るようにするだけで、対応やその後は大きく変わっていきます。
そうすると必然的に私たちのケアは施設の日課に合わせたものではなく、その人のペースに合わせたものになります。

私たちがSさんのために行ったことは何個もありますが、代表的な対応内容を紹介します。
Sさんの長女夫婦にSさんと一緒にお昼ご飯を食べてもらうように相談したところ、週に3回くらい来ていただけることになりました。
そうしているうちに徐々に食事も食べられるようになってきました。
夫婦が来られないときは、私たちスタッフがホームの個室で付き添うようにしていました。

そして、外へほふく前進をしていけば、そのまま一緒に外へ行き、Sさんが疲れて車いすを頼るまではずっと見守ることにしました。
農家育ちということで、私たちは施設の側に畑を作り、Sさんが這ったままでも、車いすに座ってでもいいので、作業を手伝っていただきました。
このように私たちが一緒にやれることを、なんでもやってみました。
こうしているうちに、最初は「やめろ!」「うるさい!」という声はありましたが、段々と頑なに閉ざすような態度が「受け入れてくれるような態度」に少し変わっていきました。
その他に行ったことは
・お風呂に入りたがらなかったので、一緒に畑作業をしてから、そのままお風呂にお誘いしました。
・Sさんが自宅で使っていた馴染みの家具や日用品を部屋に運びました。
・Sさんのご家族と一緒に、Sさんの近所で付き合いのある友人知人に面会に来ていただけるよう呼びかけました。
・Sさんが嫌がるときには、言葉で説得せず、何もせずに側にいたり、何か動き出すのを待っていました。

87歳を迎える誕生月にSさんは亡くなりました。
最期の衣装はご家族の希望もあり、農作業をしていた時の作業着です。
長女夫婦が「いい顔だね。今にも笑いそうだね。」と言ってくれたことは忘れられません。
暴言や暴力の問題行動といわれることに、ただ力で対抗してはいけません。
そんな時こそ、その人を見つめてみてはいかがでしょうか。

[参考記事]
「大工の棟梁だった認知症患者の暴力を止めた意外な方法とは」

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