その人に合った認知症介護1
私が勤めているグループホームでは軽度から重度の認知症の入居者がおり、できるだけ「その人に合った介護」を心がけています。入居者は、専業主婦だった人、教師だった人、医師だった人などいろんな人がいますが、その時の習慣というのはそう簡単に忘れることはありません。
以前、「認知症状の進行は止められるの?」の中で教師だった入居者の話を挙げましたが、その方は「私はここに居てもいいのか」といつも訴えてきました。そこで職員がその方に「簡単な勉強を教えてください」と頼み、授業みたいな雰囲気を作り、教えてもらった後には「ありがとうございました」とお礼を言うことにしたのです。そうしたら、表情が明るくなり、帰宅願望や奇声を発するなどの症状が無くなりました。私たちはその習慣を否定するのではなく、それに沿った介護をすることが大切だと考えています。
その人に合った認知症介護2
ではもう一つ習慣を変えずに上手く行っている例を挙げます。アルツハイマー型認知症のAさん(82歳)は長年専業主婦として家庭を支えてきました。朝は家族の誰よりも早く起き、夜は誰よりも早く寝ていたそうです。性格は若い頃から気が強く、人に頼るよりも頼られる事に生きがいを持つような方だったと、娘様よりお聞きしています。
グループホームでも、常にせっせと動き回り、入居者様に声をかけて回ったり、スタッフが洗濯などをしていると「あんた、それを貸してみなさい。他にも何かあったら持ってきなさいよ」と、温かい言葉をかけてくださいます。グループホームの中でも、みんなの「お母さん的存在」です。
Aさんが入居されて早3年。入居当初に比べると認知症の症状はだいぶ進行してきましたが、なるべくAさんらしい生活を送って頂くための支援を考えています。Aさんの1日は朝6時から始まります。何でも自分でしたい、人の手は借りたくないという方なので、基本的にスタッフは少し離れて見守ります。起きると一番にすることはシーツや布団の端と端を綺麗に揃えて畳むことです。入居当初に比べると端と端を綺麗に重ねることがだいぶ難しくなってきました。
その後には洗面台に立ち身支度を整えます。ご自分で髪を梳いて薄く口紅を塗られます。たまにお化粧を失敗された時は、他の方の前や目立つ場所でお伝えするとAさんが恥ずかしい思いをされるので、そっと一緒に手鏡を見ながらお伝えすると、少し照れ笑いをされながら「ありがとう」と直されます。
その後は洗濯物を畳んだり、一緒に調理や食器の洗い物もしてくださり、常に動き回われます。調理の際は、Aさんはしっかり包丁を使われます。「次は何を切るとね。どう切るとね?」と、特に料理をしているAさんの表情は活き活きとしています。いちから献立を決めて材料を購入したり調味したりすることは難しくても、食材を切ったり洗ったりする手つきは長年の経験で培ってきたものなのでほとんど変わりません。ピンと背筋を伸ばして台所に立つ姿は「お母さん」そのものです。
また、入浴は家族の中で一番最後に入られていたAさんなので、午前中や昼間に入浴にお誘いすると「あんた達が先に入りなさい。私は最後でいいから。」と、当然断られます。ですので、いつも19時頃に夜勤者がお誘いします。「Aさん、今日も1日お疲れ様でした。皆さんお風呂をお先に頂きましたので、どうぞゆっくり浸かってきてください。」と言った声かけをし、ようやくAさんは入浴されます。
それから、23時頃にスタッフと戸締りの確認や消灯確認をされ、夜勤者の心配をしてくださるAさんが安心されるように職員もスタッフ用の布団を敷きます。そこまで終わり、ようやく「さあ寝ようかね。あんたも早く寝なさいね。」と布団に入られ、Aさんの1日が終わります。
Aさんがアルツハイマー型認知症と診断されて約6年。出来なくなってしまうこともありましたが、まだまだ出来ることも沢山あります。スタッフの顔やご家族の名前を忘れることはありますが、「お母さん」としてのAさんはそのままです。出来ないことを問題とするのではなく、Aさんがご自分でしたいことを出来るためにはどのようにサポートしたら良いのかを考えたケアを続けていきたいと思っています。
以上、2例を挙げましたが、いかに習慣を変えずに生きていくのかが大切かお分かりいただけかと思います。認知症の人は環境を変えると症状が悪化するケースがありますが、習慣を変えないことも、その一部です。
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