「いけないことだと分かっていても、どうして良いの分からない」
認知症対応型のグループホームに入居されていたN(70代女性)さんの口癖でした。
Nさんは比較的軽い認知症で、入浴も排泄も全て自分で出来る方でした。グループホームですから、食事の買い出し、更には調理も全て自分たちで行ないます。Nさんはその即戦力とも言える方でしたが、夫が同じグループホームに入居してから、Nさんの生活は一変しました。
Nさんは1階、旦那さんは2階に入居されましたが、事あるごとにNさんは旦那さんに会いに、1階から2階へ上がってくることが増えたのです。
旦那さんは視力が悪く、近くのものしか見えないため、自宅で過ごしていた時はNさんが身の回りのことを全てしていたそうで、「私がやらなきゃ!」が口癖でした。「私たちがやるので大丈夫ですよ。」そう私たちが言っても、聞く耳を持ちませんでした。
もちろん、夫婦ですので、Nさんが旦那さんの身の回りのことをするのは問題ありません。しかし、そのちょっとした「私がやらなきゃ」が、全ての始まりでした。
旦那さんの浮気を疑う
最初は昼間に1時間ほど様子を見に来る程度だったのが、頻回に様子を見に来るようになり、終いには夜中まで旦那様の様子を見に来るようになったのです。
そんなことが続いたある日、
「旦那の部屋から隣の部屋の女性と性行為をしている声がする。」
そうNさんは頻繁に言うようになり、 夜中でもお構い無しに居室に行く様になったのです。勿論、そんな事実はなく、職員もそんなことは有り得ないと話していたのですが、信じようともしませんでした。
Nさんの旦那様は昔女癖が悪く、とても苦労されたそうです。認知症が軽度な分、その記憶は消えず、 その時になって嫌な思い出が被害妄想(浮気妄想)として出てきたのです。
Nさんの被害妄想は広がるばかりで、遂にはホームで使用している包丁を持ち出そうとしていました。その場にいた職員は大きな声で他の職員を呼び、慎重にその包丁を取り上げ、何も事は起こりませんでした。一歩間違えればグループホームで殺人が起こっていたと思うとゾッとする話です。
それからは包丁を鍵の掛かるロッカーに隠し、食事の準備の時のみ出すことにし、ほかの調理器具が入った棚にも鍵を買ってきて付け、Nさんが持ち出せないようにしました。
妄想に対する対策
「何かが起こる前に」と施設全体で判断し、Nさんを精神科に受診させることになりました。今回のケースは他者に危害を加える恐れがあったため、精神科を受診することになりましたが、他者に危害を加える可能性がない場合はしばらく様子を見ます。
それからは薬を内服するのと同時に担当職員が中心となって、毎日30分、長い時には1時間以上Nさんと職員が面談をし、話を聞くことにしました。世間話や昔の話をしているうちに「今抱えている不安」を話してくれるようになりました。
「どうしても他者を下に見てしまう」
「旦那に対する敵対心が無くならない」
「〇〇(浮気を疑われた女性)に対する憎悪が無くならない」
「してはいけないと分かっていても、どうしても止めらない」
ご本人も悩んでいたようでした。言い方は悪いかも知れませんが、元々他者に対して卑下する様な言葉は多く聞かれ、よく職員から注意されていました。
例えば、
「この人は生きた屍だから」
「そんな人に言っても無駄よ。頭がおかしいんだから。」
など心無い言葉を浴びせることも多い人でした。
このようにNさんは胸の内を話してくれましたが、旦那様に対しての浮気妄想は消えず、旦那さんに強く当たるようになりました。最終手段としてNさんと旦那さんが会う時間をこちらで管理することになりました。
面会は昼食後の1時間のみ。Nさんにしては辛いことだったかも知れませんが、Nさんと旦那さんのことを考えたらそれが1番良い事だと施設全体で判断しました。しかし、症状が落ち着くことはなく、旦那さんに当たれない分、他者に八つ当たりをするようになりました。
そんな時、旦那様が体調を崩されて入院し、それを機に家族とも話し合い、旦那様は退院後、同じ系列の違うグループホームに入居することに決まりました。Nさんは家族と話をし、納得したようでした。
旦那様が他施設に移られてからは時々旦那様のことを気にしつつ、平穏な日々を過ごせるようになりました。未だに他者を下に見て、職員に注意されたり、ちょっとした被害妄想はありますし、精神科の薬は止められていませんが、今でも元気に生活されています。
以上、浮気ばかりしている男性の皆様にとってはゾッとする話でした。
[参考記事]
「[認知症の周辺症状③]妄想が発生した場合の対応方法」
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