Aさんは80代女性です。ご主人は亡くなり、娘さんがお1人いらっしゃいます。アルツハイマー型認知症の診断を受け、今後の生活に不安を感じて施設入所を決断されました。Aさんは朗らかで社交的な性格の方です。スタッフや他のご利用者様とも明るくお話されています。
日常生活ではトイレの場所や自分がどこにいるのか、今日の日付と言ったことを忘れてしまう場面が多くありました。つまり、認知症の症状の一つである見当識障害が現れていました。しかしスタッフが声かけをしてヒントを与えると「そうだったわね」とすぐに思い出されており、特段生活に支障は出ていない様子でした。トイレやお食事も自立されており、見守りの介助がメインでした。
物忘れや周囲の方とのトラブルが増え不安の訴えが始まる
Aさんに変化が現れ出したのは入所から1年ほど経った頃でした。それまで物忘れがあっても声かけですぐに思い出せていた場面で、だんだん思い出すまでの時間が長くなったり、全く思い出せないことが多くなっていきました。「トイレは右側のドアですよ」等簡単な声かけだけで行けていたトイレへも「わからない」と行けなくなることが増え、スタッフがトイレ前まで誘導を行うようになりました。
認知症の進行に伴い「自分がどこにいるのか、なぜここにいるのか」わからなくなり、不安を強く訴えるようにもなりました。それにつれて睡眠も不安定になりました。深夜目が覚めた時に「ここはどこか」と半ば興奮気味になることも珍しくなくなり、夜間の失禁も増え、夜間のみリハビリパンツを着けていただくようになりました。
日付や他の人の名前をお伝えするとその場は納得されますが3分も経たずに再度聞き返されることが日常となりました。周囲のご利用者様へ何度も同じことを聞き返すため、そのことが原因で周囲と衝突してしまう場面も増えていきました。何度も聞き返しながら「わからない、わからない」と不安げに繰り返しお話しされる時にはとても困っていいるのだと周囲にも伝わりました。
不安にさせない対応を心がける
Aさんへの対応としてはご本人の「わからない」という気持ちを受け止めることを心がけました。不安感が高まってからどうにかするのではなく、いかに不安にさせないかが重要と考えました。
「わからない」と発言があった時はそのままにせずに「わからないと不安ですよね」「一緒に確認してみましょう」等の声こえを行いました。逆に「そんなの気にしすぎですよ」「大丈夫ですよ」といった本人の気持ちを否定しかねない、安易な励ましの声かけは避けるようにしました。
また、実際のケア場面ではトイレへの誘導はスタッフがトイレ前まで確実に誘導する様に決めました。トイレの扉を閉める際には「すぐそばにいるから何かあったら呼んでください」等の声かけし安心していただくようにしました。
日付を何度も聞き返す時にはそばに新聞紙を置いておくようにしました。ご自分でわからなくなると新聞で確認されて納得されていました。他のご利用者様とトラブルになりそうになったら、どちらかのご利用者様をその場から離したり、食事時など移動困難な時はスタッフが間に入り双方から話を聞く対応をとりました。
一番つらいのはご本人
認知症により物忘れが進んでいくことは周りはもちろん、ご本人も自覚している場合もあります。「物忘れがひどくなった」「これからどうなるのか」と言った不安をいつも抱きながら暮らすのはとてもつらいものです。さらに物忘れが進行し自分がどこにいるのか、なぜここにいるのかの理解が弱くなってしまうと、さらに不安感が加速してしまいます。
周りにいる人はそうした不安に寄り添うことがもっとも大事なのではないでしょうか。むやみに励ましても「誰も自分のことをわかってくれない」と孤独感を助長してしまう可能性があります。まずは「1人ではないですよ、そばにいますよ」と言う安心を感じていただくことが始まりです。そうした安心感を持っていただいた上で「持ち物にははっきり名前を書いておく」「これからの行動の見通しをお伝えする」等の対応をとっていただくと良いでしょう。
例えば「食事が済んだらトイレに行きましょう」等の声かけです。タオルに名前を書いておくと「私のタオルがなくなった」とご不安になることを防げます。声かけをなるべく簡潔にお伝えすることで「ご自分が今なにをしているか」がわかって落ち着かれることが多くなりました。ご本人が落ち着かれていると夜間に失禁されてしまっても穏やかにリハビリパンツの交換をしていただけるようにもなりました。
最近のAさんは認知症により物忘れは多く見られていますが、興奮して周囲の方と衝突する場面は格段に減って行きました。もし声かけした内容をすぐに忘れてしまったとしても「安心感」は残るのだと学ばせていただきました。
[参考記事]
「加速する認知症の症状に家族が取るべき対応とは」
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