「部屋の中に誰か知らない人がいる」とか、本人しかいない部屋で「誰かが私の悪口を言っている」など、幻覚や幻聴を訴えてくる認知症の人がいます。幻覚や錯覚は、認知症の症状の一つです。
認知症の人が、実際にはないものを「見える」、「聞こえる」と訴えてきた場合、どのように対応するのが良いのか、介護施設での実例を用いながらお話したいと思います。
■認知症の人が幻覚や錯覚を起こす理由
幻覚や錯覚は、誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか?恐怖や不安を感じている時は神経が過敏になっているため、壁の模様が人の顔に見えたり、ちょっとした物音が人の足音に聞こえたりすることがあります。
認知症になると、幻覚や錯覚を起こす人がさらに増えます。それは耳や目の機能が衰えてきて見間違いや聞き間違いが多くなることや、生活環境に不安を感じているせいで神経が過敏になっていることが理由だと考えられます。
中には「こんなものが見えるなんておかしい」と自分で気づいている人もいます。しかし、幻覚・錯覚を本気で怖がる人も多く、その心理的負担はかなりのもの。また、逃げようとして体をどこかへぶつけたり、転んでケガをしたりするケースもあるのでたいへん危険です。
■認知症高齢者が幻覚や錯覚を起こした時の対応策
実際にはないものを「見える」「聞こえる」と訴えてくる認知症の人に対し、「そんなもの無いよ」、「聞こえるわけないよ」などと真っ向から否定してしまうのは逆効果。
実際には何もなくても、本気で怖がっている人に対してそのような対応をしてしまうと、「本当に見えているのにどうして信じてくれないの?」と混乱をまねき、幻覚や錯覚の症状が余計に悪化してしまうこともあります。
「誰かが部屋にいる」、「人の話し声が聞こえる」などの訴えがあったときは、否定したり諭したりすることなく、まずはじっくり相手の話を聞くことが肝心。
そのうえで、「誰かがいる」と言った場所を実際に探して、誰もいないことを一緒に確認したり、壁のシミなども実際に触ってみせて大丈夫なことを分かってもらいます。
本人が納得すれば幻覚や錯覚は治まりますが、もし幻覚から逃げ回ったり、逆に誰かを攻撃してしまうなどの危険な行動に出る場合は、早いうちに対策を練ったり、医師に相談をして治療を受けるのが望ましいです。
■介護施設での実例
【事例1】
Yさん(80代男性)は、毎晩夜中になると部屋に刃物を持った男が現れて自分を襲ってくると言い、いつの間にかハサミをベッドに持ち込んでいました。
襲い掛かってくる相手に対し、自分も武器を持って対抗しようとしているのですが、万が一、他の人に危害を与えてしまっては大変なので、ハサミは返してもらい、職員が付き添ってYさんとじっくり話をしてみました。
すると、夜中に徘徊をする利用者とそれを見守る職員との会話がYさんの部屋に聞こえており、その話し声が「自分を襲いにくる」とYさんに錯覚を起こさせていることが分かりました。
Yさんに事情を話し「心配しなくて大丈夫」と説明すると同時に、夜中の会話も以前より配慮するようにして、Yさんの錯覚を減らしていくように努めたところ、Yさんからの訴えはほぼ無くなりました。
【事例2】
Sさん(80代女性)からは、壁に虫がいるとの訴えが頻繁にありました。Sさんの部屋の壁にはこまかな薄いシミがあり、それが虫に見えてしまうようです。すごく怯えていました。
最初のうちは、Sさんと一緒にシミを見ながら実際に職員が触ってみせ、「これは虫じゃなくてただのシミなので大丈夫ですよ」と伝えて納得してもらっていたのですが、その後も何度も訴えが続いたため、シミが隠れるように上から花の絵のポスターを貼ってみました。その後はSさんからの訴えはぱったりと無くなりました。
【事例3】
Tさん(90代男性)は、壁に掛かっているカレンダーの写真の人物を、家族と勘違いしてよく話しかけている姿が見られました。
この場合は、穏やかに話をしているだけで特に問題はなさそうだったため、そのまま様子を見ることにしました。
■最後に
幻覚や錯覚は、ちょっとした対応で解消できることもあるため、職員の工夫が必要になってきます。
ただし、人に危険が及ぶような幻覚や錯覚に関しては、職員が対策を取ると同時に、すみやかに医師へ相談することが最善の策です。
幻覚・錯覚が起こった際は、「否定しない」、「叱らない」、「話を良く聞く」ことが、まず第一。その後、職員同士で話し合い、それぞれに適した対応をしていくことが大切です。
[参考記事]
「空襲に関する幻覚や幻聴がある認知症高齢者への対応」
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